提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


名水が育む高原野菜づくりと6次産業化を推進。農業を通じて、集落の新たな魅力を築きたい

2015年06月08日

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石田定伊さん (青森県黒石市 有限会社石田・農園 代表取締役)


 青森県のほぼ中央部に位置する黒石市。「有限会社石田・農園」の農場は、市街地から20kmほど離れた南八甲田山系の中腹にある。標高約400mの高冷地で栽培されているのは、ホウレンソウ、アスパラガス、ダイコン、ニンジン、トウモロコシなどの野菜類。朝晩の寒暖差で旨味が凝縮され、さらに近くに湧き出る青森県名水百選「厚目内の寒水(あつめないのひやみず)」で洗い、引き締めることにより、日持ちが良くなるという。


ハウスホウレンソウ導入のきっかけ
 戦後の開拓地である通称、厚目内地区。石田・農園の代表取締役、石田定伊(さだよし)さんは、祖父の代に入植したこの地で昭和35年に生まれた。「私の祖父母は14~15人の子供を引き連れ、北海道からここへやってきたそうです。子供たちは成長すると次々に家を離れて独立し、末っ子だったうちの親父が家を継いだというわけです」と説明する。


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 :大きな看板が掲げられた農場の作業場
 :標高400mにある厚目内地区


 石田さんは会社勤めを経験した後、23歳で帰郷し農業を継いだ。当時はニンジンの露地栽培が中心で、その後、ダイコンの露地栽培を拡大していった。現在の主力作物であるホウレンソウのハウス栽培は、平成11年に導入。きっかけは、出稼ぎ先で得た情報だった。

 冬場に三重県の会社でタンクローリーのドライバーとして働いていた時、配送先の一つだった岐阜県高山市のガソリンスタンドで、農業もやっているというスタッフからこんな話を聞いた。「高山では昭和40年代にホウレンソウの雨よけハウス栽培を始めて、一大産地となった」。高山と気候が似ている厚目内なら、夏場でも高品質のホウレンソウが収穫できるのではないかと考え、その年の春に3棟のビニールハウスでホウレンソウ栽培を始めた。以後、毎年1~2棟ずつ増やし、現在では42棟あるハウスのほぼ9割を占める37棟で、ホウレンソウを栽培している。


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 :ホウレンソウのビニールハウス
 :収穫風景


経営者の覚悟を持って、舵取りする
 法人化したのは平成18年。「石田・農園」という社名表記には、石田さんの思いが込められている。「画数を調べたら、間に点を入れないと『自分の運の良さで伸びる会社』なんですが、間に点を入れて一画増やすと『みんなの力で伸びる会社』になるんです」と話す。関わる人みんなで会社をつくり上げ、みんなが幸せになれる会社にしたいという。

 平成23年7月からは運送業も開始し、それまで季節雇用だった若者の年間雇用を可能にした。運送業の開業にあたってさまざまなアドバイスをしてくれたのは、出稼ぎ先の上司だったという。「出稼ぎの人で『将来は自分でトラックを持って独立したい』と言ったのは、私が初めてだそうです」。前例がないにも関わらず応援してくれたことに感謝しつつ、この年を最後に28年間続けた出稼ぎを引退した。 


201506_yokogao_ishida_5286.jpg 農地の規模拡大により売上高を伸ばし、平成23年度は1億円を達成した石田・農園。ところが翌年、石田さんは大きな試練を味わう。「野菜の値崩れがひどくて、売り上げががた落ちしたんです」。倒産という言葉も頭をよぎるほど精神的に追いつめられ、社長の覚悟とはどんなものかを、その時初めて知ったという。しかし、そんな状況でも励まし、援助してくれる人もいて、窮地を脱することができた。苦しい経験だったが、この出来事が経営者としてのたくましさを身につける機会となり、その後は多少のことがあっても動じなくなったという。
左 :収穫は5月中旬頃から10月中旬頃まで続く


 東京の青果市場へ出向き、卸売業者を訪ねて商談するなど、数年前から販路拡大にも力を入れている。系統出荷の場合、青森県の農産物が東京の市場に入るのは翌朝5時頃だが、石田・農園は物流も自前なので、朝とれた野菜をその日のうちに東京へ運ぶことができる。「そうすれば買い手がつくし、青森の農産物のアピールにもなるから、ぜひ運んでと言われるんです」。もともとは人に会って何かを売り込むのは苦手という石田さんだが、「自分が出て行き、直接話すことにより、つながるんですよね」と語り、8人の正社員、19名の季節雇用社員を率いて経営の舵取りをするトップとして、精力的に走り回っている。


6次産業化で地域を輝かせたい
201506_yokogao_ishida_5280.jpg 6次産業化にも積極的な石田・農園では、加工業者や販売業者と連携し、加工品づくりにも取り組んでいる。現在、雪の下ニンジンのジュースや、アスパラガスのドレッシングを試作中だ。来年には商品化し、首都圏の百貨店で販売したいと考えている。


 最後に、石田さんがめざす石田・農園の将来像をたずねたところ、意外な答えが返ってきた。
 「私が子供の頃、学校帰りには農作業をしている大人たちに声をかけられ、そこになっている果物などをおやつにもらって食べていました。今でも、当時のあの風景が忘れられません。昔みたいに活気があり、楽しく、輝いている集落にするために、何をやったらいいのか。会社を立ち上げた目的も、そこにあります」。
右 :フォークリフトを操作する石田さん


 高齢化で離農者が増え、いまがんばっている周りの農家も皆、自分より年上ばかり。「このままでは、5年後、10年後には荒れてジャングル化する農地が増える」と危機感を抱く。そして若者の就農につながればいいと願いながら、毎年1町歩ずつ開墾しているという。


201506_yokogao_ishida_0297.jpg さらに、廃校になった厚目内小中学校の校舎を利用するアイデアも、数年前から膨らませている。「この地域の農産物で商品づくりをして販売したり、心の病や悩みを抱えた人たちに農業を通じて元気を取り戻してもらうための就労センターをつくったり。子供から大人までみんなが集まる場所にしたいし、農業と福祉を融合させた取り組みをしたいという思いもあります」と、あふれる思いを口にする。
左 :廃校を活用した地域再生にも意欲をもっている


 「厚目内地区には、食べるものも、おいしい水もあり、豊富な水を発電に利用すればエネルギーを生むことも可能」と説く石田さん。自立した地域として成長する未来を思い描きながら、若い力を呼び込んで、その実現をめざしている。(橋本佑子 平成27年5月11日取材  協力:青森県中南地域県民局地域農林水産部農業普及振興室黒石分室)