提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


この世にはあきらめてはならないこと、失ってはならないものがある。(1)

2012年08月28日

-民俗研究家結城登美雄さんに聞く、「鳴子の米プロジェクト」に学ぶ地域の再生-
●第1回 地域の農を守り支える作り手と食べ手の絆



結城登美雄さん


 古くからの湯治場として知られる宮城県の旧鳴子町で、平成18年にスタートした「鳴子の米プロジェクト」。作り手と食べ手の信頼関係を培い、地域の農を地域で支える新たな仕組みが、全国から注目を集めている。
 プロジェクトの総合プロデューサーである民俗研究家の結城登美雄さんは、「この世には、あきらめてはならないことがあり、失ってはならないものがある。それは、生命と生存のための食料と、それを育ててくれる人々と農地。その中心である米を、もう一度見つめ直そう」と訴えかける。人口8500人の中山間地で始まった挑戦が、日本の食と農を切り開くきっかけをつくった、このプロジェクトの話を結城さんにうかがった。
 

このままでは田畑が消える!
 宮城県大崎市の鳴子地域は、北は秋田県、西は山形県に接する県境にあり、面積の9割が山林原野。雪深く、夏も冷涼な気象条件にありながら、鳴子の人々は苦労して拓いた田んぼで米づくりを続けてきた。
 だが農家戸数は全国的に減少の一途をたどっている。鳴子地域では、平成7年から17年までの10年間で118戸が離農した。追い打ちをかけるように、平成19年度から水田経営所得安定対策(品目横断的経営安定対策)が導入されることになり、地域住民は危機感を抱いた。鳴子地域620戸の農家のほとんどが、国の助成を受けられなくなる。「このままでは鳴子から田んぼが消えてしまう。そうなれば、農家だけでなく、観光に携わる人にも影響が及ぶ」と。

 以前から鳴子の地域づくりを指導してきた結城さんは、相談を受けて「地域みんなの力で、地域の農業を支えていこう」と提案。それが「鳴子の米プロジェクト」の始まりだ。推進母体である「鳴子の米プロジェクト会議」のメンバーには、農家、農産物加工や直売活動に取り組む女性グループ、生産者団体、JA、旅館経営者、ものづくり職人など様々な立場の人たちが加わり、地域のすべての人が関わることのできる活動を目指した。


米は生きる希望。東北181号を鳴子で育てる
 最初に取りかかったのは、「鳴子の米プロジェクト」のシンボルとなる米を探すことだった。「各県の試験場には、その土地に応じた米として育成されながら、世に出ていない優れた品種がたくさんある。寒冷な気候でも育つ味のよい米が、きっと見つかるはずだ」という結城さんの言葉を受けて、その役目を担った大崎市鳴子総合支所観光農林課の職員が、宮城県大崎農業改良普及センター、宮城県古川農業試験場の協力により巡り会った米が、「東北181号」だった。

 「東北181号」は、うるち米ともち米の中間の性質を持つ低アミロース米。粘りがあり、冷めても硬くなりにくいのが特徴だ。早生系という特性上、平場で栽培すると、もち米のようになるという。この米を、冷たい雪解け水が直接入る田んぼで栽培したら、どのぐらい収穫できるのか。鳴子で最も標高の高い鬼首(おにこうべ)地区の中川原(なかがわら)、寒湯(ぬるゆ)、岩入(がにゅう)の3軒の農家で、10aずつ試験栽培を行った。
 「鬼首の人たちは、想像を絶する開拓の苦労を味わいながら、厳しい風土の中で米をつくってきました。それは、『米さえあれば生きていける。家族が安心して暮らしていける』という思いがあったからです。米をつくることは、生きる希望だったのです。この人たちなら、お米の大切さを分かっている。だから、ここから始めたんです」と、結城さんは思いを語る。

 平成18年春に古川農業試験場から運ばれた「東北181号」の種もみ10kgは、その年の10月、19俵の米になった。天候不順にもかかわらず、この地域では上出来の収量だ。味もいい。「これまでずっと『鳴子の米は量がとれない上に、うまくない。その山奥にある鬼首の米はベコも食わない』と言われ続けてきた農家の人たちが、自分たちの米に自信をもつことができたのはうれしかった」と、結城さんは笑顔を見せる。


食べ支えて田んぼを守る
 現在、生産者米価は1俵(60kg)1万3000円以下で、1年の労苦の対価に見合うものではない。「鳴子の米プロジェクト」では、農家が安心して米を作り続けられる価格として1万8000円を保証し、食べ手が2万4000円で買い支える。

 「世の中、農薬がどうとか有機肥料がどうとか小賢しいことをいうけれど、鳴子の農家の人たちは『いい米をつくってください』といえば、どんなふうにつくればいいのか分かっています。ただ一つお願いしたのは、杭がけをして自然乾燥すること。機械乾燥が悪いわけではないんです。田んぼ沿いの道を、小中学生や観光客が歩きます。杭がけ作業の様子や杭がけ風景を、多くの人に見てほしいのです。食べ物は、お金を入れてすぐ出てくるものではなく、人間の労働から生まれている。だから1万8000円を払うのです」と、結城さんは説明する。

 1俵2万4000円の米は、ごはん1杯にすると24円。笹かまぼこひと切れ、イチゴ1個、チョコポッキー4本と同じ値段である。これを高いと思うだろうか。「鳴子の米プロジェクト」の取り組みは、現実を何も知らず、目先の損得や情報に踊らされている私たちに、問題を提起する。


地域の絆も結んだ「ゆきむすび」
 プロジェクト1年目は、米づくりと並行して、食文化や資源の聞き取り調査を各地区で行い、地域の暮らしを再確認した。また、収穫した「東北181号」をおいしく食べるための試行も重ねられた。
 炊飯実験では、通常のうるち米の85%の水分量で炊くのが最適と分かった。それをおむすびにして食べるのがおいしいということで、おむすびの試食会も何度か行われた。菓子店やパン屋は、くず米からできる米粉を使った加工品を開発。鳴子のごちそうを盛りつける鳴子の器をつくろうと、桶職人や漆職人、こけし工人たちも、おむすびを盛る桶や、杉の間伐材に漆を塗った板皿、蔓細工の器などを作り始めた。

 「東北181号」はその後、宮城県の奨励新品種に決まり、「鳴子の米プロジェクト」が提案した「ゆきむすび」と命名された。雪深い地で、人と人とを結ぶ米になってほしいという願いが込められている。
 小さなむらの前例のない試みは、ここからさらに、広がりを見せていく。(第2回 絆の再発見と広がる「つなぎ手」の輪 につづく)(橋本佑子 平成24年5月14日取材)


画像 上から
(寒湯田植え)
冷たい雪解け水が直接入る田んぼで、東北181号の栽培実験が行われた。

(中川原収穫&杭がけ)
杭がけの風景を守ることは、自然乾燥にこだわっているからではない。手をかけることでつくり手の思いが込められ、食べ手にもそれが伝わる。

(いろとりどりのおむすび)
おかあさんたちがアイデアと技、地域の食材を生かしてつくったおむすび。色とりどりで、見た目にも工夫が凝らされている。


▼第2回「絆の再発見と広がる「つなぎ手」の輪」はこちらから