提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


農業のかっこよさを伝えたい。秋田の若手米農家たちの挑戦。

2012年05月10日


鈴木豊さん(トラ男プロジェクト メンバー)


 4月上旬、マタギの里で知られる秋田県の阿仁地域を訪ねると、除雪されて道路端に集められた雪が、まだ山の状態で残っていた。ここで米作りをする鈴木豊さん(28)は「今年は雪がなかなか消えなくて、田植えは、例年の半月遅れの5月中頃になりそうです」と、生育に影響が出ないか心配する。その表情に、何としてでも品質と味が保証できる米を消費者に届けたいという思いがにじむ。


 鈴木さんは、秋田県内の若手米農家が展開する『トラ男(とらお)プロジェクト』のメンバー。トラクターに乗った男前で、『トラ男』である。公式ウェブサイトには、『金色の山男 YUTAKA』こと鈴木さんのほか、『燃える愛菜家 TAKUMI』こと澤藤匠さん(25)、『水田の貴公子 TAKAO』こと小林岳央さん(29)、『トラ男プロデューサー TAKEDA』こと武田昌大さん(27)の若者4人が、さわやかな写真で登場。ブログやソーシャルメディアを駆使して米の販売拡大を図る活動は、農業活性化につながる新たなモデルとして話題となっている。


  
澤藤匠さん()と小林岳央さん(


おいしい米が食べたいから農業をやる
 農家の長男に生まれた鈴木さんは、幼い頃から家業の手伝いに駆り出されて友達と遊べなかったり、朝早くから夜遅くまで働く父の姿を間近で見てきたりして、「農業はやりたくない」とずっと思っていたという。けれども、やりたいことは一向に見つからず、住み慣れた地元への愛着も深かったため、結局、農業の道へ。2年間、県の研修機関で花き栽培の勉強をした。父親は米、自分は花を育てれば、経営が安定すると考えていたが、花作りは2年で断念。「経験不足で水管理ができなかった。自分は農業では暮らしていけないんじゃないかと思った」と、当時の胸の内を語る。


 その後、地元のJA出資法人に就職し、農作業受託業務に携わることになった鈴木さんは、そこで初めて農業のおもしろさを実感したという。「機械を動かすのが楽しかったし、自分で組んだ段取り通りに作業が進んだ時は、本当に気持ちいい」と、やりがいを見出していたが、4年勤めて退職した。体力に不安を感じ始めた様子の父が、自分と一緒に農業をやりたがっていると察したのがきっかけだったが、それよりも大きな理由は、「うちの米はおいしい。自分がやらなければ田はなくなるし、おいしい米も食べられなくなる」という思いだった。


トラ男プロジェクト、スタート
 一方、トラ男プロジェクトを立ち上げるため、武田さんが初めて鈴木さんのもとへ足を運んだのは、一昨年(2010年)の夏。大学進学を機に、生まれ育った北秋田市を後にした武田さんは、デジタルコンテンツ業界で仕事をする傍ら、大学院でもコンテンツ系ビジネスについて学んでいた。帰省するたびに衰退していくふるさとを何とかしようと、独自のビジネスモデル構築を思い立った。
 秋田を元気にするために考えついたのは、農業の活性化だった。秋田の農業と言えば、真っ先に浮かぶのは米。実家が農家ではない武田さんは、何軒もの米農家を回り、話を聞いた。そして、鈴木さんたち若手米農家に「農業のかっこよさを伝えよう、お客さんと直接コミュニケーションしよう」と訴えかけた。
右 :武田昌大さん


 鈴木さんは、米専業農家になろうと決意して間もない頃、「消費者の顔を見ながら農業がしたい」と考え、インターネット販売に関心を持った。しかし、サイトの立ち上げ方がよく分からず、それなら地元飲食店と直接取引しようと試みるも、これも実現しなかった。それだけに、武田さんの話を聞いた時は「ぜひ!」とすぐに返事をしたという。
 こうしてスタートしたトラ男プロジェクト。インターネットによる情報発信のほか、都内での交流イベントも頻繁に開催し、ファンを着実に増やしている。初年度に確保した新米500kgは、収穫の翌年2月には完売し、2年目となる昨年度収穫分の6tも完売の見込み。3年目の今年は15tを売り切ろうと意気込む。


農業を取り巻く問題を「トラ男」が解決
 標高1454mの森吉山の麓には、先人が開墾した棚田が広がる。棚田は1枚あたりの面積が小さいため、作業効率は悪く、管理にも手間がかかる。厳しい環境のもとで米作りに取り組む鈴木さんだが、作付面積は20haにも及ぶ。父と協力しながらやっているとはいえ、負担は軽くはない。

 しかし、森吉山の麓の棚田には、おいしい米を育てる条件が揃っている。昼夜の寒暖の差、ミネラル豊富な雪解け水...。それらPRできる特徴を情報発信していくことにより、消費者は、鈴木さんが作る棚田米を選んで買ってくれるようになる。トラ男のサイトを見ると、メンバーそれぞれの米作りの特色が、印象的なキャッチコピーで言い表されている。鈴木さんは「1000フィート千枚田農法」だ。


yokogao201205_torao_5.jpg 一昨年秋、鈴木さんは東京でのトラ男イベントに呼ばれ、ファンと初めて交流した。その後も、鈴木さんの米を気に入ったリピーターから年賀状や手紙が送られてくるなど、消費者の声が直接届くようになったのは、「トラ男」に参加してよかったと思うことの一つだ。さらに、農業に対しての思いも変わってきた。
 「以前感じていた農業のおもしろさは、農作業そのものが楽しいだけでしたし、がんばっているという姿勢に価値があると思い込んでいました」
 消費者が何を求めているのか常に考えるようになった鈴木さん。現在は減農薬栽培を行っているが、いずれは農薬を全く使わない米作りに挑戦したいと話す。

 トラ男をプロデュースする武田さんはいう。
 「高齢化や後継者不足、米価下落、嫁不足。農業を取り巻く課題はいろいろありますが、トラ男はすべてを解決する取っ掛かりになると思うんです」


 斬新なアイデアを次から次へと実現させていく武田さんと、自分の信じた農業を貫きながらも、その期待に応えていく米農家たち。農業を再生し、秋田を盛り上げようとする若者の取り組みに、熱いまなざしが注がれている。(橋本佑子 2012年4月9日取材)
 

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