提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


秋田で「北限の桃」を栽培 果樹生産者との交流が経営に生きる

2011年12月16日


平野亮一さん(秋田県鹿角市 平野りんご園)


 「ここより北の青森県でもモモを作っているところはあります。でも出荷はここが一番遅い。だから北限の桃なんです」秋田県鹿角市花輪で水稲70a、リンゴ3ha、モモ1.2ha、ブルーベリー50a等を作る平野亮一さん(75)。若い頃から栽培の情報を求めて各地を回り、ある時は教えを請い、持てる知識はすべて隠すことなく伝えるという姿勢で栽培を続けてきた。平成22年度農事功績表彰(公益社団法人 大日本農会)で緑白綬有功賞(果樹部門)を受賞された。


モモの北限で栽培に挑戦
 秋田県鹿角市は県の東北部に位置し、岩手県、青森県と県境を接する内陸部にある。もともと米栽培が中心で、野菜や花との複合経営が多い地域だ。果樹はリンゴ、ナシ、ブドウ等が作られているが、果樹栽培が盛んな県南に比べて面積は小さい。その中でもモモは、生産者150人ほどの産地であるが、全国で最後に出荷される質の高いモモとして評価が高い。

 平野さんは昭和29(1954)年に高校を卒業し、すぐに就農した。当時の経営は米1haとリンゴ0.7ha。リンゴ園の土は火山灰地のため乾燥しやすい。水持ちが悪く、リンゴの木が衰弱しやすいのが悩みのたねだった。
 枯れてしまったリンゴの木の跡にサクランボ、ウメ、洋ナシ、モモ等の果樹を育ててみた。モモが一番強く、根付いて元気に育ったため、20年前にモモを作り始めた。始めは主幹形で育てたが、3年経つと枝が混み合って作りにくくなった。より良い方法を探し、斜立形(南向きに一本の主幹を立ち上げる仕立て方)にたどり着いた。この技術は千野正雄氏(長野県長野市在住)が作りだしたもの。すぐに千野さんを訪れ、栽培技術を教えてもらった。斜立形の木からは品質の良いモモが収穫できるようになり、作業もしやすくなった。


  
 :斜立形に作られた桃の木に、収穫直前のモモがたわわに実っている
 :果樹栽培で一番手がかかるのが、手作業に頼る摘果と葉摘み。これが楽になれば良い 


 品種は「川中島白桃」。池田正元氏(同市在住)が発見し育てた、大玉で味良く、品質の良いモモである。平野さんが「北限の桃」と名付けた。また、交配樹として「あかつき」「黄金」を作るが、もっと売れて交配樹にもなる品種を探している。


他県果樹生産者との交流で技術レベルを上げ、産地を牽引
 平野さんが所属する「かづの農協北限のもも生産部会」は生産者159名、面積は57ha(平成23年度)。その中の10名ほどの仲間と一緒に、平野さんは「鹿角桃栽培研究会」を結成し、栽培方法の講習会、剪定会、品種選び等を行って、技術を磨いている。千野さんを長野県から招き、直接指導してもらうこともあり、この研究会が牽引役となって産地を引っ張る。

 モモ栽培の北限が山形県だった頃から続く、リンゴ栽培を通じた交流が縁となり、平野さんには、山形と青森のモモ生産者と強いつながりがある。山形県天童市の知人は、平野さんがモモを作り始める数年前から、ぜひモモを作りなさいと勧めてくれた人だ。
 北東北のモモは、これら産地を結んでリレー出荷されている。収穫時期は山形県内が一番早く、一週遅れて横手地方(秋田県南)と平川市(青森県)、その一週後に平野さんたち鹿角のモモへと続く。


    
 :果樹園のケージの中で、アイガモ農法で活躍したアイガモが元気に走り回っている。販売はせず、もっぱら訪ねてくる生産者仲間との冬場の"なべっこ"の材料となる
 :鹿角地域振興局農業振興普及課の浅利正義普及指導主幹も入って、三人でモモ談義 


早くから果樹の加工に取り組む
 平野さんは、農事組合法人十和田果汁生産組合の代表理事も務め、規格外品となった果樹の加工販売にも力を注いでいる。30年近く前に、晩霜にやられ、変形果ばかりの年があった。加工して売るしかないと農協に交渉するも認められず、有志5人で出資して加工場を作ったのが始まり。リンゴジュース1Lを年間35万本売ったのが、今までの最高だ。リンゴジュースが中心だが、リンゴ以外の持ち込まれた果実の加工も引き受けており、県内はもちろん、青森県からも依頼が来る。良い機械を使い、加工品の評価は高い。冬場には専属のオペレーターを雇用する。売り先は自分たちで開拓したが、個人商店や温泉旅館に限っている。


  
 :隣はりんご園。10月10日過ぎから、昴林、シナノスイート、ぐんま名月、王林、陸奥、ふじと次々収穫期を迎える
 :果樹園の近くにある、平野さんの直売所。モモとブルーベリー、リンゴの加工品(ジュース、ジャム)、季節の野菜等が無人販売されている。試食もできる 


 自ら動かないと物は動かない、と会社を立ち上げ、輸出にも挑戦。去年は中国(大連)にリンゴジュース3000本を輸出した。今年は食品や飲料の会社と一緒に、売り込みをかけている。


ようやく思い通りのモモができるようになった
 足を痛め、最近は10aくらい剪定する程度、という平野さん。果樹の栽培管理は、3年前に就農した孫の陽さん(29)に任せている。それにしても、広い果樹園を平野さん夫婦と陽さんの三人でどう管理しているのか。ここにはモモによって結ばれた強い絆があり、技術交流のある生産者たちが、青森から作業の手伝いにやってくると聞く。


  
 :収穫直前のモモの下で、亮一さん(左)と陽さん(右)


 去年は、花が咲くのが例年より1週間遅かったが、今年はさらに1週間遅いそうだ。果実は成りすぎのせいか、やや小さめ。収穫も、例年より1週間以上遅くなりそうという。「ここ数年で、ようやく思い通りのモモができるようになりました」愛おしそうにモモを見ながら、平野さんは言った。(水越園子 平成23年9月8日取材 協力:鹿角地域振興局農林部農業振興普及課、かづの果樹センター)