提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


生産と観光が調和した紅花の里づくり

2010年05月11日

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井上市郎さん(山形県山形市・地域特産物マイスター)


 1991年に公開されたスタジオジブリの映画「おもひでぽろぽろ」で、物語の舞台となった山形市の高瀬地区。アニメーションで再現された情緒あふれる農村風景や、美しい色合いの紅花畑は多くの人の心を捉え、20年近く経過した今でも、作品に描かれた光景との出会いを求め、多くの観光客が訪れるという。


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 :JR仙山線高瀬駅のホームに立つ看板。手前の花壇には紅花が植えられる
 :井上さんの自宅周辺の風景


 井上市郎さんは、紅花農家のモデルとして映画製作に協力した人。「あの時は、監督の高畑勲さんをはじめ、ジブリのみなさんがいらして、私たち夫婦が畑で作業しているようすを眺めたり、ビデオや写真に撮ったりしていましたね」と思い起こす。この6月に86歳を迎えるとは思えない若さで、今なお紅花生産者の先頭に立ち、栽培に情熱を注ぎ続けている。


日本で唯一の紅花マイスター
yokogao1004_inoue_5.jpg 山形県で紅花栽培が隆盛を極めたのは江戸時代。幕末に発行された「諸国産物見立相撲番付」では、最上紅花が東の関脇に名を連ねている。なかでも一大産地となったのは最上川流域で、紅花を搗(つ)いて発酵させて作る染めの原料「紅もち」は舟運で最上川を下り、酒田から北前船に乗せられ、京都や大阪へ送られた。
右 :満開の紅花畑で。左端が井上さん


 高瀬地区では昭和40年頃から作付けが始まり、井上さんが栽培を始めたのが昭和56年。それまで営んできた養蚕業の衰退に伴い、秋野菜の早出し栽培に切り替えることにした際、4月に種を蒔いて7月に収穫できる紅花は栽培時期が重ならないということで、導入したのだった。昭和61年には高瀬紅花生産組合が発足し、井上さんが組合長に就任。平成18年度には地域特産物マイスターに認定され、日本でただ一人の「紅花マイスター」として、紅花栽培の普及発展に努めている。


作り手が魅力を感じる仕組みづくりに奔走
 一時期は山形県内で盛んに行なわれていた紅花栽培は、化学染料の普及や安価な中国産紅花の輸入、大手化粧品会社の契約栽培撤退などさまざまな要因が重なり、生産者がどんどん少なくなっていった。そんな中、高瀬地区だけが栽培面積を維持してきたのは、井上さんの熱意と行動力に負うところが大きい。

 花を摘み、加工品(紅もち、すり花、乱花)にして出荷するのが通常だが、井上さんは組合長という立場から、紅花生産者の収入を増やさなければという思いで、あらゆる可能性を探ってきた。観賞用の切り花やドライフラワー作り、開花期を遅らす試みなど、思いつくことを次々と実践。こうして栽培を続けているうちに、山あいの紅花畑は観光地としても注目されるようになっていった。


 最近では、機能性食材でもあることから、新たな活用が期待される紅花。その薬効については、紅花の乱花や間引き菜をよく口にしてきた井上さんも、実感しているという。また、味もいいことから「花を見にやってくる人たちにも、紅花の若菜はおひたしにして食べるとおいしいよって、教えているんですよ」と、生産振興につながるPRを心がけていると話す。


yokogao1004_inoue_4.jpg 今、井上さんが出荷量の拡大を目指しているのは、青菜を干した『べにばな干し』。たっぷりの水に入れ、ひと煮立ちさせ冷ましたものを、油揚げや糸こんと一緒に煮物にすると、ごはんのおかずにも酒の肴にもなり、ビタミンEやカロテンもたっぷり摂れるという。このべにばな干しを、山形市の卸売市場で取り扱ってもらえるよう、関係者とともに準備を進めている。

 高瀬紅花生産組合の組合員は現在23名、栽培面積は2.3ha。高齢化は進んでいるものの、息子世代の後継者も育ってきているという。「生産量拡大のため、組合員を増やすことが大事だと思っています」と井上さん。生産者が紅花栽培に魅力を感じるような仕組みづくりに余念がない。
左 :紅花の青菜を干した「べにばな干し」


紅花を通じて交流の輪を築く
yokogao1004_inoue_6.jpg 昭和61年、満開の紅花で人を呼び込もうと始めた『高瀬紅花まつり』は、『山形紅花まつり』と名を変えた今、組合員を中心に地区をあげての祭りに成長した。祭りのみならず、生産者の視察や、小中学校の体験学習受け入れ、テレビ番組の中継や新聞などの取材、一般の観光客が訪れるのも、収穫期に集中する。対応にあたる井上さんの忙しさは想像に難くないが、紅花を通じてたくさんの人と触れ合える楽しさのほうが勝っているようすだ。

 「山形大学の附属小学校の子どもたちが来たときは、花摘み体験をしたあと、一緒に俳句作りをしたんです。『紅花の 黄色い色は 高瀬の美』と詠んだ子どもさんがいてね、見事だなあと思いました」と、趣味の俳句で交流できた思い出を、満面の笑みで語る。
右 :紅花を摘み取る気持ちを詠んだ自作の俳句「花ざかり わびてつみとる 紅の花」


 井上さんが紅花栽培に携わって、もうすぐ30年。野菜作りはすでにやめ、紅花専業農家として夫婦二人力を合わせる。「みんなが見に来てくれるから、やめられないんだよ」と笑いながら話す姿からは、紅花がもたらす喜びが溢れ出ていた。(橋本佑子 平成22年4月20日取材 協力:(財)日本特産農産物協会)