提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


品種で差別化、独自の販売方法で消費者の心つかむ

2010年03月29日

~「幻の肉古代豚」を直販する白石農場~

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白石宗一さん、光江さん(埼玉県美里町・白石農場)


 鼻が低く、足は短い。しかし味は抜群。なかでも脂肪が甘いという中ヨークシャー種。明治39年にイギリスから輸入されたが、飼料効率が悪く、昭和30年代後半をピークに頭数は激減。

埼玉県美里町で白石農場を経営する白石宗一さん(69)、光江さん(64)夫妻はこの豚に惚れこみ、30年前から飼っている。この中ヨークシャー種を基礎豚にし、古代豚を生産している。「いまや天然記念物級の豚」であることから「幻の肉古代豚」として商標登録し、消費者や飲食店に直販している。

 小売価格は通常の1.5~2倍はするが、「おいしく安全な豚肉を届けたい」という白石夫妻の思いと、独自の販売方法が消費者に喜ばれている。


幻の豚と出会うまで
 最初に養豚を始めたのは光江さんだった。3人の子供を産み、「家計の足しになれば」と1978年、10頭の子豚を飼い始めた。
 未経験の女性が養豚を手掛けるのは珍しい。「夫の両親が庭先で2、3頭の母豚を飼っていた。子育てしながらできるし、動物も好きだったから」と静かに微笑む。


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 :一頭当たりのスペースは広め。乳酸菌等で丈夫な体をつくり、抗生物質は子豚の初期にやむをえず最低限与える 
 : 2年前に畜舎を新築。分娩室以外は開放豚舎にしている


 最初は一般的な大型種を飼い、市場に出荷していた。家の中では、自然と豚のことが話題にのぼった。
光江さんは、母親が作ってくれた、豚肉とネギの煮物の味が忘れられずにいた。「トロ~ンとした脂の味。いまでも覚えています。たまにしか食べられなかったから、おいしかったのかと思ったこともありますが、両親や夫と話していて、豚の品種が変わってきたことが影響していることがわかった」(光江さん)。近所の年配者からも「昔の豚肉はおいしかった」という声が耳に入ってきた。


 おいしい肉が中ヨークシャーという品種であったこと、経済効率のいい大型種に切り替わり、数が激減したことを知った。何しろ生後6カ月で出荷できる大型種に比べ、中ヨークシャーは9カ月かかる。その分エサ代は高くつく。
 知れば知るほど飼ってみたくなった。「家計の足し」という意識はもはや吹き飛び、「おいしく安全な豚を育てたい」というプロ意識が芽生えた。


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 :麦類をエサに30~35%混ぜ、豚の成長に合わせて与える 
 : 大麦圧偏とパン粉。肉豚用飼料は非遺伝子組換の配合飼料


 80年から徐々に、大型種から中ヨークシャーに切り替えていった。すると、産直品を宅配する団体や生協が聞きつけて、取引を申し出てくるようになった。生協との取引は81年から始まった。自分の育てた豚の肉は地元の消費者に食べてもらいたいと光江さんが働きかけ、生協も要望を聞き入れた。

 だが、省力化のために生協が建てた物流センターを経由して豚肉が供給されるようになって以来、どの消費者のもとに届けられるのかがわからなくなった。時には冷凍で届けられるようになり、「前と肉の味が違う」といわれることもあった。


直販に踏み切る
 「どうしよう」と考えていた光江さんに、ある人が「自分で売ったら?」と言ってきた。生協時代から白石農場の肉を食べていた消費者の一人。かつてからファンだったその人は、「私も食べたい」という消費者を、60軒も集めてくれた。「全員に配達するのはたいへんだから」と5人単位の班を組み、班長に肉を届ければすむように、手はずを調えてくれた。

 生協時代の消費者の声も光江さんの背中を押した。生協主催の試食会によく肉を出品しており、その都度アンケートをとってもらっていた。「とてもやわらかくておいしい」「好きじゃなかった豚肉が食べられた。豚に対する考えが変わった」「脂がさっぱりしてギトギトしていない」――。
 こういった感想が励みになり、直販に踏み切ろうと決めた。「15年にわたる生協との取引が、すべての土台。とても感謝しています」(光江さん)。

 決心はしたものの、不安ばかりが先に立った。野菜や卵と違い、肉の直販はむつかしい。加工しなければならないし、部位によって売りやすい、売りにくいがある。「売れ残ったらどうしよう」と自分自身にブレーキをかけた。


DSC_0139S.jpg 夫の宗一さんと必死に考え、独自の販売方法を思いついた。それが「お楽しみセット」だ。加工業者に頼んでヒレ、ロース、肩ロース、肩、モモ、バラ、小間、ひき肉という8つの部位に分け、スライスしてトレーにいれてもらう(1パック250g)。このうち、3パックを月2回(第1と第3木曜か、第2と第4木曜のいずれか)、顧客に直接配達する。
 どの部位が入っているかは、開けてからのお楽しみ。光江さんは、誰にどの部位を送ったのかを記録しておき、長い期間でみれば、どの人にも公平に部位が届くようにする。顧客には毎回どんな肉が来るか楽しみであるし、光江さんには売れ残りのリスクがない。実に妙案だ。販売だけに手間をとられないように、配達は木曜日のみとした。
右 :自前の工房でカットした精肉。毎週木曜日に消費者に配達する


 96年に直販を始めた当初は60軒ほどだった顧客も、いまでは400軒まで増えた。2001年に定年退職した、元学校教師の宗一さんも、経営に加わった。06年からは長男、宗宏さん(40)が脱サラして工房を立ち上げ、精肉のパックからハム・ソーセージの加工まで、すべて自前でできるようにもなった。

 口コミで飲食店からも注文が入るようになった。たびたびマスコミで取り上げられたこともあり、ネットを通じて全国に宅配での販売もする。大半を直販で売り切るが、注文に確実に応えるため多めに飼育し、余剰が出た時だけ市場出荷している。


結果としての有利販売
 小売価格は、スーパーの豚肉の1.5~2倍はする。東京や大阪などの消費者であればうなずけるが、白石農場が配達しているのは、地元の美里町を中心とする埼玉県北部。田畑が広がる農村地帯だ。
 顧客の中には、所得水準の高い人もいるが、「子供にお菓子を買い与えるより、おいしい豚肉を食べさせたい」という主婦、中には農家もいるそうだ。価格でなく味で評価してくれる消費者は、都会ばかりではない。こうした顧客がファンなので、不景気とはいえ注文が減ることもない。


DSC_0022S.jpg 09年の肉豚の出荷頭数は、800頭。2年前に豚舎を新築し、30頭だった母豚を50頭に増やした。さらに100頭まで増やすことができるが、そのためには売り先を増やす必要がある。
 白石さんたちはいま、新規客獲得のためチラシを配布しようと計画中だ。すでにファンが住む地域に配れば、口コミも伝わりやすい。「初めての営業です」と夫妻は意欲を燃やす。

 有利な販売が可能なのは、他の養豚家が振り向きもしない品種に着目した結果、差別化を図ることができたという単純な話ではない。中ヨークシャーに切り替えた当時、「あんな伸びの悪い豚を飼ってつぶれるよ」「旦那が働いているからやれるんだ」という冷ややかな声が聞こえてきた。「それでもおいしくて安全な肉を食べてもらいたい、種の保存をしなければという夢のほうが大きくなって、周囲の声が気にならなくなった」と光江さんは、かみ締めるように話す。
左 : 中ヨークシャーを基礎に、大型種を組み合わせた「古代豚」を抱く光江さん


 有利な販売ができている人で、初めから「高く売ろう」と思って取り組んだ人はまずいない。商品力が高いことは当然だが、商品に対する作り手の思い、それを世に出すための知恵と行動力。これらが結集した時、初めて価格に反映されるのではないか。(青山浩子 2010年2月1日取材、写真提供:白石農場)


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