提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


お茶で伝えるおもてなしの心~水俣から全国へ

2008年08月20日

松本和也さん (熊本県水俣市・桜野園)

matsumoto_1044.jpg


 「お茶で一福(いっぷく) こころ、ふうわり」。
 熊本県水俣市にあるお茶農家「桜野園」のパンフレットの表紙には、こう書かれている。そこには「お茶を飲んだお客様の笑顔が見たい」という松本和也さん一家の願いが込められている。

 化学肥料や農薬などの化学物質を一切使わず、わが子のように育てたお茶を手作りのパッケージに詰め込む。松本さんは、「昔ながらの良さ」にこだわり全国に水俣のお茶を届けている。そして、お茶を通して「おもてなしの心」を伝えている。


有機・無農薬茶への転換

matsumoto_kazoku.jpg 「よくぞ、お茶を育ててくれたと思います」。昭和2年に開拓し、立派な茶園へと創り上げた曽祖父の写真を見ながら松本和也さん(40)は言い切った。幼いころから茶業を手伝い、高校を卒業後、静岡県にある茶業試験場で研修生として技術などを学んだ。「(茶業を継ぐことに)何の疑いもありませんでした」。


 研修を終えて水俣に戻り、夢中で茶樹を育てた。しかし、当然のように使っている農薬や化学肥料に疑問を感じた。標準よりは少ない量ではあったが、当時は農薬や化学肥料を茶畑にまいていた。影響で目が赤くなるときもあったという。「何かが違う」。心の中に、もやがかかりはじめた。


 「農薬をふったって、虫がいなくなるわけではない。害虫っていうけれど、それは人間が都合良いように「害」だといっているだけではないか」。
 そんなとき、無農薬で作っている畑があるのを知り、静岡県藤枝市の茶園まで足を運んだ。15年無農薬で育てている茶を見て「これしかない」と、無農薬への転換を決意した。心にかかっていたもやが一気に晴れた。


ピンチを救った「お茶を飲む人の笑顔」

 「売り先がないのではないか」という家族の心配もあったが、約20年前から、一部の畑で有機・無農薬茶の栽培を開始。「3年は駄目だと覚悟」していたが、初めての収量が500キログラムと順調な滑り出しを見せた。

 「もともと水俣は低農薬の産地。だからすぐに適応したのはないか」と当時を分析する。懸念していた売り先も知り合いの紹介で決まった。さらに、水俣茶の組合を設立し、無農薬・有機茶の農家を増やしていった。


matsumoto_syohin.jpg すべてが順風満帆にみえたが、いつしか茶畑に向かう足が重くなった。「組合に荒茶をおさめることで、お客様の顔を直接見る機会がなくなってしまった。自分のお茶なのに自分のお茶ではないような気分」。設立されたばかりの組合が、松本さんのモチベーションを奪うことになってしまった。

 そんな松本さんの心を救ったのは、「おいしい」とお茶を飲む人の笑顔と家族だった。

 佐賀県で開かれたイベントに参加し、多くの人に桜野園の茶を飲んでもらった。「おいしい」と言いながら見せる笑顔に心が救われた。同時期に結婚した妻の里実さんのサポートも大きかった。


 里実さんが新しいパッケージをデザインし、ラベルに「一福」の文字を刻んだ。「飲んだ人が幸せになりますように」。そう願いを込めて丁寧に1つ1つ手作りでお客様の元へと届けた。その心は今でも変わっていない。里実さんが手書きでつづる「桜野園便り」は、購入者からも人気だ。


飲む人を笑顔にするこだわりの味

 「何でもこだわるのが好き」という松本さん。もちろん、お茶に関しては人一倍のこだわりがある。「桜野煎茶」「むかし茶」「さくら紅茶」「一福ほうじ茶」。松本さんが作るお茶はどれもまろやかで、松本さんの人柄がそのまま映し出されているやさしい味わいだ。昔どこかで飲んだような懐かしい記憶を呼び覚ましてくれる味でもある。


 80年以上前から育てられている実生の茶樹が桜野園の味を支えている。自然豊かなこの場所は、標高300メートル、眼下には不知火の海が広がり、遠くは雲仙までも望める。
 肥料は、国産の菜種の油かすと、鹿児島県枕崎産の削り節のかすを使用。「有機肥料で無農薬。機械を使っている以外は、ひいおじいちゃんが作っていたのと同じじゃないかなぁ」。どこからともなくやってくる懐かしさの理由は、ここにあるのかもしれない。


matsumoto_tyabatake2.jpg  matsumoto_sagyo.jpg


 また、「安心・安全は当たり前」にこだわるのは、水俣病という大きな社会問題とも深い関係がある。

 水俣市は、平成4年に日本で初めて環境モデル都市づくりを宣言。そして、今年、内閣官房から「環境モデル都市」に選定された。市民と行政が一丸となって環境活動に取り組む。市民の一員として、松本さんも安心・安全な農業を推進している。「水俣茶といえば無農薬・無化学肥料のお茶。それがブランドになれば全国にアピールできるはず」。


「日本のお茶を守ろう」水俣から全国へ

 近年、茶葉の消費が低迷している上、荒茶の価格も低迷し、生産者や茶業関係者はこれまでにない厳しい状況に立たされている。「全国にいる生産者の友人を助けたい」と松本さん。全国茶生産青年団が今年11月23日に行う「全国一斉・お茶でおもてなし」にも参加し、お茶のおいしさを消費者にアピールする。

 そこには、「お茶だけではない。米でも野菜でも生産者が直接、消費者と触れ合うことで元気がもらえるはず」という農業全体に対しての思いがある。原点は、自らがピンチのときに救ってくれた消費者の笑顔。それを全国の生産者にも体験してほしいと考えている。


 お茶で結ぶ人と人の心。一福が二福にも、三福にもなるように。飲むだけで幸せな気分にしてくれるお茶を見直す日が今、やってきたのかもしれない。 (杉本実季 平成20年8月12日取材)