提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


「集落の水田は自分たちで守る!」 全農家が共同作業で一集落一農場

2007年04月02日

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皆美健治さん(福井県福井市 農事組合法人エー・ビー・エフ)


 福井市の中心部から東へ5㎞、平坦な田園地帯にある荒木別所集落に農事組合法人「エー・ビー・エフ」(皆美健治代表理事)がある。総戸数37戸のうち農家は30戸ですべて第二種兼業農家である。耕地面積は30.4ha(水田率99.8%)で、一戸当たり耕地面積は1.0haである。「エー・ビー・エフ」は、集落の全農地を全農家参加の共同作業により水稲プラス麦・大豆の生産を行っている一集落一農場タイプの法人組織だ。この実績が評価され、第54回全国農業コンクールにおいて優秀賞とクボタ賞を受賞している。


機械利用組合からスタート
 昭和41年から43年にかけて行われた基盤整備事業により集落の農地が30a区画になったことから機械化に対応するため、昭和44年にトラクターの共同購入・共同利用を目的に機械利用組合が結成された。昭和56年には集団転作のための生産組合結成、さらに61年には二組織を一本化した生産機械組合が誕生した。この組織は、水稲を中心に麦・大豆の周年作付けを行っていたが、水稲の育苗・収穫作業は個別にやっていた。
 
 しかし、米価の下落や農作業の調整が難しいなど問題が生じ、協議を重ねた結果、平成14年3月、一集落一農場による農事組合法人を立ち上げた。世帯主だけでなく、後継者、女性も対象にアンケートを実施し、組合員全員が納得したうえで集落ビジョンを策定しており、集落全体で営農しているという意識が高く、円滑な運営に結びついている。


コスト低減へ湛水直播を拡大
 「エー・ビー・エフ」は稲作コストの低減、労働時間の短縮を目指して、平成14年度から湛水直播栽培に取り組んでいる。一発施肥、鳥害防止のための糸張り等の技術も積極的に取り入れ、平成14年1.5ha、16年5.4ha、17年10haと拡大しており、18年度は労力調整も考え「イクヒカリ」「ハナエチゼン」「コシヒカリ」の三品種に分けて12.2haで取り組む。


 事務室の壁には全戸の農作業分担のスケジュール表が貼られており、調整は個別に行う。また、組合ですべての圃場を管理するのではなく、畦畔の草刈りや水管理は個人管理とし、その分地代・委託管理料として10a45,000円を還元している。平成15年には剰余金分配と合わせて73,685円の実績を出している。

 いろいろな考えを持つ30戸が一つにまとまったのは、「集落の田んぼを自分たちでずっと守っていきたい」という一点で皆の合意ができたこと。機械利用組合のスタート時から全戸で共同作業の原則ができていたこと。現在全国的に集落営農組織づくりが進められているが、それを先取りした形で、特別なリーダーを持たない兼業農家集団が地域にがっちりと根付いている。


若者にも役員任せて参加意識培う
201604_PICT0024.jpg 兼業農家ばかりの集落営農で、組織の存亡を決めかねないリーダー的存在をどのように確保しているのだろうか。代表理事の皆美健治さん(62)はこう言う。「農家組合や町内会がうまく機能したと思う。つまり機械利用組合は農家組合を主体に、生産組合の役員は町内会の役員をスライドした。それと、勤めを持つ若い人たちにも役員になってもらう。作業は四班編成で行い、班長は輪番制をとっている。役員になれば当然組合に目が向く。自然な形で組織が継承されてきた」。
右 :水稲育苗ハウスの内部


 今の悩みは、女性たちに農業技術が継承されていないこと、それとやはり高齢化により全戸参加ができなくなる恐れがあることだとか。皆美さんは「男性の場合は、若いうちから役員をさせられたり、機械操作も手伝うことが多いが、女性も外に働きに出るケースが多く、農業の経験がない人が多くなった。それと、年寄りだけでどうしても農作業に参加できない家がぼつぼつ出てきた。そういう委託をどうするかが今後の課題だ」と言う。


 皆美さん自身、長く不動産会社に勤め、宅地造成等の仕事に携わってきた。その傍ら生産組合の組合長はじめ会計担当は20年も続けたという。定年退職者を軸に皆が時間を調整しあって続けてきた。現在の年齢構成は70代と50代が多く、60代は数人だけ、70代が頑張っている状態。「定年を迎える50代に期待をしていたんですが、最近定年延長の動きも強くなっており、どうなることか」とやきもきしている。

 兼業農家集団ということもあって、米プラス麦・大豆の水田農業中心になりがちだが、育苗ハウスを利用した黒大豆の枝豆を試作するなど、新しい試みも行っている。
 昔ながらの集落の結びつきを土台に、第二種兼業農家だけで総参加の生産集団をつくり上げた農事組合法人エー・ビー・エフの軌跡は、次代の担い手づくりを模索する地域農業の一つのモデルといえよう。(市原尚俊)
(月刊「日本の農業」2006年6月号(全国農業改良普及支援協会)から転載)