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blog_hukyu_kasahara_f.jpg青森県
笠原 均

スクーターで駆け抜ける男~ねぶたの地より②

2014.10.14

【前編あらすじ】 ▼前回ブログはこちら

 現在もスクーターで農園を巡回する、有限会社 『石田・農園(※)』の代表 石田定伊(さだよし)氏。露地栽培しかなかった標高約400m、八甲田山系中腹の開拓地の通称、厚目内地区に、施設栽培のほうれんそうを持ち込んだ男である。
 当時の農協指導員の後押しを得て、ほうれんそう栽培を始めるものの・・・


【ほうれんそうと雇用と】
 石田氏は、平成11年、さっそく100坪、3棟のハウスを立てた。もちろん、ほうれんそうを作るためだ。

 1年目。彼の読みは当たった。冬期に2mの積雪に覆われるこの地区でも、品質の良いほうれんそうが、年5回も収穫できたのだ。さらに、夏の暑さを嫌うほうれんそうにとって、この地区は、まさに適地であった。
 彼は、補助事業を活用しながら、年数棟というペースでハウスを増やした。しかし、家族労働には限界がある・・・。彼は、順次雇用を増やしていった。


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石田・農園ハウスと、その周辺


 そして、平成18年、安定した雇用と社会的な信用の確保、継続的な事業運営のため、家族経営から法人へとシフトした。ここで、石田・農園は、「有限会社 石田・農園」となった。


【通年雇用の壁を破る】
 人を雇う者なら必ず考えるのが、熟練した作業員の継続雇用だ。しかし、1年の3分の1近くが雪に包まれるこの地域で通年雇用は極めて困難だ。そこで、石田は考えた。

 「農産物を運んだあと、空になったトラックをうまく使えないか?」

 平成23年2月、(有)石田・農園は、運送事業認可を得た。こうして、空になったトラックで荷物を運送できるようになり、それは、そのまま年間雇用を実現させた。


【強まる組織の力】
 現在、有限会社石田・農園では、代表の定伊さんを筆頭に、妻と、両親、さらに7人の正社員、19名の季節雇用社員がいる。多くの農業青年が、彼のほ場で汗を流しているのだ。石田氏の指導は情熱的で、次代の経営者を育てているのがよくわかる。また、今年の春から定伊氏の娘、裕香(ゆか)さんが石田・農園の役員として加わり、組織としての力がますます強まっている。


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人材育成に、当然、力が入る


【高品質ほうれんそうのヒミツ】
 最後に、せっかく聞いてきた高品質ほうれんそうの秘密を一つ紹介したい。
 収穫されたほうれんそうを洗うのは、県の名水百選に選ばれた地元の名水「寒水(ひやみず)」である。この「寒水」で締められたほうれんそうは、そのまま速やかに自社の冷蔵庫へ運ばれ、予冷される。高い品質の保持には、収穫後の「この一手間」が欠かせないそうである。

 そんな高い技術と品質に裏付けされた石田・農園ブランドほうれんそうは、今後もさらに引き合いが強まっていくだろうと、取材しながら強く感じたのである。


 ・・・という感じで紹介させていただきました。

 「石田社長! 冬になったら、また、手弁当でゆっくり話をしましょう!」

 普及指導員の仕事は、魅力が尽きません!


社名について
 『石田農園ではなく、「石田・農園」なのはなんでですか?』
 と、多くの方から聞かれました。筆者もわからないので、直接本人に聞いてみました。

 社長の話によると、たまたま、出先で出会ったある篆刻師からのアドバイスだそうです。「石田農園」に、あと一文字加えることで、「会社がみんなで力を合わせて伸びていく会社に変わる!」ということで、社名を「石田・農園」に変えたそうです。
 確かに、作業風景を見ているだけでも、みんなで力を合わせている雰囲気がとても伝わってきてます。いい会社だと思います。

笠原 均

青森県の普及指導員です。桜で有名な弘前城のある中南地域に、4年前から勤務しています。もともと埼玉の出身ですが、20年ほど前、青森の人と風土に惚れ込んで、ここに住み着いてしまいました。ちなみに担当しているのは、青森の花きの振興と、担い手農家の支援です。

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