普及指導員が現場で活躍する日々をレポート
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◆2016年1月

北海道
田所由理恵

飼料用途米・酒米のごはんの味!?

2016.01.28

 ここ数年、北海道米は品種改良に生産技術の向上等々・・・北海道米の評価は右肩上がり!
 大型有名芸能人CMも話題になり、「おいしい北海道米」は、今や確固たる位置を確立しました・・・(と、北海道の普及指導員としては思っているのですが、いかがでしょうか?)


 さて、そんな中、先日開催した試験成績検討会の前段に実施した食味会で、普段とはちょっと違った趣の米試食を行いました。

 普段あまり口にする機会がない非主食用途の品種を白いご飯として炊き、食べてみました。飼料用途米(2品種:「たちじょうぶ」「北海327号」)と、酒米(1品種:吟風)です。他に、『"今年の試食米はあまりおいしくない"という感想だけが記憶されては困る・・・』という理由から(?)、食用米の「ふっくりんこ」「ゆめぴりか」も試食しました。


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各自がご飯を盛りつけて行きます。盛っているときの香りや色・つやの違いも話題になりました


 全体的な感想としては「今年の"ふっくりんこ"はピカイチにおいしい!」と、ここになるのですが、でも、非食用米については、「思っていたよりは食べられる」「飼料米や酒米を食べることはないので、話のネタにはとてもおもしろい!」等々。

 他に、昨年度の「HIYAMA P1グランプリ」で入賞したメークイン料理をはじめ、地域の農産物を使った豚汁、お汁粉、漬物等も試食し、檜山の食材のおいしさをあらためて確認しました。


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皆さん真剣に試食して頂きました


 もちろん、試食会だけではありません。
 普及センターが今年度実施した多くの試験・実証展示の中から、特に成果の上がった課題について報告・検討を行いました(こちらが本来の目的です)。出席者からは多くの質問や、新資材を実際に使ってみた感想・意見等が出され、活発な討議が行われました。


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活発な討議が行われた検討会


 実はこの検討会は、今年で3年目となりました。特に食味会は企画する我々普及指導員も楽しみながら『こんな事をやっては?』『あんなのはどう?』とワイワイと計画しています。

 今回の非食用米の試食はまさにそのひとつで、"一生涯で飼料米を白いご飯で食べることはもう二度とないかも...""飼料米と言えども、関わる我々が食べてみる事には意味があるっ!"と、訳のわからない理屈をつけながらも実践です。企画する側が楽しくなければ、参加者も楽しくない!...と思いながらの活動になりました(*^_^*)

田所由理恵

平成24年から檜山農業改良普及センター所属。25年度に高付加価値に係わる仕事に変わりました。北海道に新幹線が来るのも間近!北海道の入り口で地域農畜産物の付加価値向上に邁進します。

北海道
田所由理恵

生活設計とマネープラン

2016.01.22

 「長期・短期生活設計」。私が普及員になった昭和の時代(うわぁ~、かなり古い話に聞こえますね~)、新人だった初々しい私は先輩普及員から「農家生活の基礎のまた基礎」と、たたき込まれました(あ!? 表現がよろしくないですか?)

 時代が流れ「経営」という言葉は日常になりましたが、その陰で「生活設計」は陰をひそめ、活動の中で耳にしない言葉になってしまいました(私の周りだけかも知れません)。


 昨年末、上ノ国町の青年を対象に、ファイナンシャルプランナーを招いての生活設計に関する講座を開催しました。その名も「老後に備える生活設計とマネープラン」。
 私達北海道職員がお世話になっているファイナンシャルプランナーの方から"農家の方達にも話をする機会を設けたい"旨のお話を頂き、全面的なご協力により当日の開催となった訳です。


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左 :講師の須藤臣さん。題名にググッと引きつけられます
右 :真剣に耳を傾ける出席者の皆さん


 「若い人はこれから結婚して子供達を大学まで進学させるとすると...」「農業には定年がないから体が動く間は働くとしても...」と、各自が自分の将来の"絵"を描きながら聞ける、とてもわかりやすい説明で、さらに「農業者はサラリーマンと比較すると...」「国民年金は今の仕組みが...」と具体例な数字等を見ながらの2時間はあっという間。参加者各自に生活設計の必要性と危機感(?)を植え付けるに充分な、濃い内容の講座となりました。


 当日参加した、"昔、青年だった人"は「もっと若いときに聞いておけばよかった。息子や地域の若い人達に教えてあげる。」と言って帰られました。

 普及センターから参加した若手の普及指導員は、その考え方に関しても勉強になったようで、今後の活動にも活かせるのではないでしょうか。

 私は...農業者に関する年金制度についてはしばらく勉強していなかったので、『へぇ~?』と思うことも多く(顔には出しませんよ!)、そして昔の普及活動を思い出して、なんだかとっても懐かしく感じました。

田所由理恵

平成24年から檜山農業改良普及センター所属。25年度に高付加価値に係わる仕事に変わりました。北海道に新幹線が来るのも間近!北海道の入り口で地域農畜産物の付加価値向上に邁進します。

大分県
塩崎洋一

酪農検討会

2016.01.14

 色々な普及現場を紹介してきたと思いますが、酪農の場面は少なかったように思います。
 以前、暑熱対策で紹介した酪農家さんですが、その後何とか上向きな経営改善を見せ始めました。


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牛舎は古くても、まだしばらくは行けます。おしりの数字は・・・・繁殖成績を上げるための日付記入です


 昨年の秋以来、定期的に検討会を開催しながら、農場内の技術的な改善を加えつつ、一方では資金繰りについてのより適切な段取りの検討など、さまざまです。


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県酪農協さん、酪農広域普及員も集まって、客観的な検討を進めますが、農場の全体像把握を忘れずに進めています


 こうした経営の立て直しの場合、理想とする指標はありますが、私は、それは自分の頭に置いておき、農場で本人が「これならできる」を探しつつ、昨年・一昨年を比較してどこが変化してきたか、どこがステップを踏んでいるのか、を重点的に押さえて、次の解決方向へ進めます。


 例えば、出荷乳量ですが、今のこの農場の状態であれば、あるいは、ここ数カ月間の状況であれば、これだけ出ていれば良いとします。では、それをさらに生産性向上させるにはどうするか、です。
 悪ければ、どこが悪かったのか、本人が原因を解っていれば、それを改善してきたのか、あるいはこれから改善する手段を持っているのか、そして、やろうとしているのか、です。

 これをこちらが定期的に把握していく、そのサイクルの中にPDSA(※)が繰り返される、そして徐々に理想とするところに近づけていく、です。この「定期的にやる」というのが、実は普及活動に対するある種の負担だと考えています。定期的にやるからこそ、変化に気がつきます。そこに課題解決の糸口が必ず出てくる。みたいな・・・・


 計画(plan)、実行(do)、評価(study)、改善(act)のサイクルの意味。

塩崎洋一

大分県豊肥振興局で経営全般の普及活動を展開中です。大分県臼杵市生まれ、九州東海大学卒。昭和63年に畜産普及員で採用されました。実家は平成6年まで肥育農家でした。

北海道
田所由理恵

あと100日! 北海道新幹線!!

2016.01. 8

 皆様、明けましておめでとうございます。
 平成28年、希望に満ちた新しい年を迎えたことと思います。


 さて、平成28年といえば、北海道では元旦の朝から「いよいよ北海道新幹線開業!」と大変盛り上がっています。新聞では毎日「あと○○日」とカウントダウンされ、その減って行く数字を見ているうちに、自然にワクワク・ドキドキ感が...


 今回は昨年12月下旬に開催された「北海道新幹線開業まであと100日突破イベント」の話題です(ちょっと遅くなってしまいました...)。都度、紹介させて頂きましたが「300日前」「200日前」と来て、今回このシリーズ最終回の「100日前」となりました。


 江差町で開催されたこのイベントには、時おり吹雪が舞う悪天候の中、会場内は身動きできないほどの大盛況となりました。


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左 :たくさんの人が訪れ、一次は身動きがとれないくらいでした
右 :リースやお箸等の手作り体験も行われ、子供からお年寄りまでが楽しみました


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左 :北海道新幹線PRキャラクター"どこでもユキちゃん"も登場! この女の子がず~っとくっついていて離れませんでした(*^_^*)
右 :ペットボトルのキャップで作られた "どこでもユキちゃん" おみごと!


 普及センターとしては、例の「HIYAMA P1グランプリ」の取組を継続で紹介・PR、商品化へのアンケート調査・情報収集・試作・販売という流れで進めてきたのですが、今回メインに考えていた『お土産品(お菓子)の商品化』が間に合わず、シリーズ最後を締めくくるには何ともしまりの悪い&達成感のない、残念な活動になってしまいました。
 それでも、HIYAMA P1グランプリのPRはしっかり行いましたよ!


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左 :檜山振興局農務課が実施した北海道米PR活動の場を借りて活動!
右 :北海道がすすめる「愛食運動」の半天!背中のキャラクターが愛らしいでしょ!


 イベントの最後に、イベント参加者で飾り付けをしたヒバツリーの点灯式が行われました。シンボルツリーとして冬の江差町を飾っています。


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左 :左から、江差町マスコットキャラクター"しげっち"、江差町長(偶然カメラ目線になりました)、檜山振興局長(ご挨拶中)、北海道新幹線PRキャラクター"どこでもユキちゃん"
右 :参加者全員で記念撮影


 ツリー点灯式を見ながら『新幹線開業に伴う地域振興や6次産業化の取組は...』と、最初はムズカシイ事も考えていたのですが、この日はとてもとても寒くて途中で思考回路も凍ってしまいました...

田所由理恵

平成24年から檜山農業改良普及センター所属。25年度に高付加価値に係わる仕事に変わりました。北海道に新幹線が来るのも間近!北海道の入り口で地域農畜産物の付加価値向上に邁進します。

大分県
塩崎洋一

タツ(頭絡)について

2016.01. 6

 「タツ」で調べると「頭絡」(とうらく)という語も出てきます。
方言や色々な呼び方がありそうですが、私が新入りの頃、肉用牛農家さんは「タツ」で、酪農家さんは「トウラク」と言っていたように思います。

 鼻環(大分では「ハナグリ」)を通していない子牛や乳牛などで、鼻に輪っかをかぶせるようにして頭にかけて、首の側で結びます。


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 写真にある白いひもで作ったモノが「タツ」になります。
 赤い丸で囲った部分は引き綱です。白いひもがゆるんだり切れたりして子牛が離れてしまわないよう、引き綱でタツと同じような役目をするように縛っています。


 すべての農家さんが自分で作れるわけではないので、これが作れると、とても喜ばれる場面があります。
 これが普及の技術と言えるのか・・・牛の発育を測定する過程においては、牛を保定する必要があります。しかも安全に。だから、これは普及の技術と言えるでしょう。


 それでは、E普及員がタツを作ります。


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輪っかを二つ左右に。


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手前の伸びしろを二つの輪っかの間から上に倒す。


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左側の輪っかを右下へ倒す。


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右側の輪っかを手前に持ってくる。
その時に左側から先ほど倒した輪っかの上をとおり、かつ、最初に手前から上に倒した伸びしろでできた輪の中を通す。


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反対側の結びをつくるのに、左手で絵のように配置。親指が輪っかの中にある。


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上記の親指を回っている伸びしろを最初に作った輪っかの中に通す。


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最初に作った輪っかを通してきた伸びしろの長さの折り返した分と、最初に作った輪っかの長さの分とで、牛の鼻が入る輪っかのサイズを見る。


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上の写真で、最初に作った輪っかから戻ってきている伸びしろが親指の下にあるので、それを手前から下から、牛の鼻の入る輪っかをくぐらせて上の方向へ倒す(上方向に伸びているところ)


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上の写真で残っているもう一つの伸びしろを、先に上に倒した伸びしろの上を通して、鼻の入る輪っかの上から差し込んで手前に出し、さらに、それによってできる輪っかに手前から差し込んで、上の写真で先に上方向に倒した伸びしろとあわせる。


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親指を抜いて、形を整える。


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できあがり。
結びの間が2本直線になっているのが牛の鼻の上に来る。


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裏返して左右の結びの形が、三角形になっていれば、正解です。
二つ目の結びの作り方は他にもあります。
詳しくは、肉用牛関係書籍などで調べてみてください。


しばらく作らないと、忘れてしまうモノです。
仕事始まりのラジオ体操代わりに、毎朝やろうか、との話になっています。

塩崎洋一

大分県豊肥振興局で経営全般の普及活動を展開中です。大分県臼杵市生まれ、九州東海大学卒。昭和63年に畜産普及員で採用されました。実家は平成6年まで肥育農家でした。

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