提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


食の「ものさし」を捨てるときが来た 【4】

2008年04月16日

今こそ「ものさし」を捨てるとき

    農産物流通・ITコンサルタント 山本謙治


 日本の食を巡る状況は、かつてないほどに混沌としている。

 昨年中から様々な偽装事件が発生し、今までうやむやに済んでいた商習慣は全て厳しく改められることとなった。食料自給率は40%を割って39%になり、一方で世界的に原油と穀物が高騰している。

 今後、じわじわと食品価格が上がっていくのは避けられないだろう。これから第一次産業はどんな段階を迎えるのだろうか、誰にも正確な予測ができない。

 2000年代は、後世から観ても記録に残る「食の動乱期」になるのではないだろうか。


  


 しかし、これからの第一次産業が「こうなっていかなければならない」という方向性はいくつか見え隠れしているように思う。


 それは「ものさしの見直し」である。


 現在日本で通用している「ものさし」、つまり価値を計る基準は、ほとんどが高度経済成長期に形成されたものだ。

 野菜を見た目と大きさで効率的にさばいていく市場流通規格や、牛肉の等階級を決定する格付けなどは、ずいぶんと長い間、基準としての位置づけを保ってきた。


 しかしその一方で、この国の人々の行動様式や考え方は大きく変化してきている。

 果たしてかつての「ものさし」で、バブルを通じて肥大化・細分化した消費者ニーズに応えることができるのだろうか。いや、できないことは明らかだ。だから、「ものさし」から溢れた人やモノや店に、全国的に注目が集まるのだ。


 各地で生産者が立ち上げた直売所に消費者が群がり、アル・ケッチャーノの在来作物の料理に全国から人が集まる。そういえば、短角牛を巡る僕の活動には、肉の業界紙から「面白いので連載を書いて下さい」という依頼まで来た。


 多くの人が、現状ではダメだと感じている。ならばそれを打破するためにも、まずは自分が従っている「ものさし」を捨ててみるところから始まるのかもしれない。

 それは案外簡単なことだ。まずは、「いままで好きだったけれども、立場上できなかった○○○○」とか「本当はこの道に進みたかったけど断念した▲▲▲▲」などを見つめるところから始まるように思う。


 「ものさし」を捨てることは、自分のありようを変えることだ。それは、実はとてもワクワクすることなのだ。今までやってこなかった新しい品目の種を蒔くような、そんなつもりで一度、自分の「ものさし」を取り替えてみてはどうだろうか。きっと、社会もそれを欲しているはずだから。(了)

やまもと けんじ

株式会社グッドテーブルズ代表取締役・農産物流通コンサルタント。
一次産品の商品開発のアドバイザーをする傍ら、全国の郷土食を食べ歩いている。「週刊フライデー」、「きょうの料理」、「やさい畑」などに連載を持ち、著書に「日本の食は安すぎる」(講談社)、「実践農産物トレーサビリティ」(誠文堂新光社)などがある。ブログ「やまけんの出張食い倒れ日記」も人気が高い。