提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


農業機械よもやま話 【12】

2009年02月06日

静電気を利用した農薬散布

    津賀 幸之介 


 冬の間は、ドアの金属ノブに手を触れたとたんに、ビリッときたり、歩いているうちに、体に衣類がくっついて困ることがあります。犯人は、摩擦でたまった静電気です。


 静電気は、古くから知られている身近なものですが、その正体が明らかになったのは、この半世紀のことだそうです。 “困り者”である一方、農業機械よもやま話【3】でご紹介したように、私たちの生活の役にも立っています。

 そのひとつに、農薬粒子にこの静電気を帯びさせて散布し、クーロン力で作物体にひきつけ、葉裏にも付着良好とする静電散布技術(静電気を利用した農薬散布)があります。

図1 Electrodyn Sprayer 英国ICI社 1979
図1 Electrodyn Sprayer 英国ICI社 1979
(ICI Plant Protection Division: The Electrodyn Sprayer, Deveropment Blletin-Far East & Pacific Region, 1-27)


 30年近く前、英国ICI社の社員が、静電気による微量農薬散布の実演をしてくれました(図1)。ちょうどその頃、研究室でも、液剤の静電散布の効果を初めて体験しました。テレビの部品を利用して、高電圧を印加した薬液ノズルを作り、噴霧しました。
印可:電気回路に、電源や別の回路から電圧や信号を与えること


 その結果、ノズル側を向いていない葉裏にも、表と同じように薬液がべったり付着したのです。あまりの衝撃的な効果(結果)に、その夜は興奮して眠れませんでした。実は、このような静電散布モデル試験では、当たり前の現象だったのですが。


 翌日から毎夜実験を繰り返しました。磁石のS極とN極がくっつくのは子どもの頃から知っていましたが、プラスやマイナスに印加した水滴や水流が引き合い、また、くっつくのはなぜか、不思議に思いました。


 エレキ関係は大の苦手でしたが、静電気に関係することには、何にでも首を突っ込みました。当時、静電散布の研究をしていた山形大学工学部電気工学科に通い、静電気学会長の研究室を訪問し、工業用静電集塵機の関連企業の研究者に、高電圧や静電気に関する実学をいろいろと教わりました。

 そして、液剤や粉剤の粒子を帯電させる静電散布装置を作り、圃場試験を繰り返しました。 しかし、繁茂した作物群内では、農薬粒子を帯電(電荷Q)させるだけでは、モデル試験のような静電付着の効果が十分に得られませんでした。


 そこで、電界※1)Eを形成する高圧電極を、薬剤散布される対象物(作物群)の内部に移動または固定させるようにすると、農薬粒子が多く付着することを実験で確かめました(力F=Q×E)。

 これを基に、いくつかの静電散布装置を考案し(図2、3)、圃場試験を行いました。その結果、微粒子が滞留する温室のような閉鎖的な空間では、付着や防除効果が上がることを確かめることができました。※2)しかし野外の移動型では、(防除効果が大きく向上するほどの)効果がなく、それに、漂流飛散を減らせるレベルにも達しませんでした。



HV: 高圧電源  E: 高圧電極(電界用)
図2 野外の移動型静電散布装置  (特許登録番号:1690289より)


 当時、国内外の企業が開発した静電散布装置の試験をする機会が何度かありましたが、繁茂した作物群内で、明らかに付着の向上が認められるものはありませんでした。

 実験値で得られる現象から、実用化ばかりを夢見て研究を行っていたので、残念ながら、野外の静電散布ではその顕著な効果を得ることができませんでした。繁茂した作物群内の電界強度等の複雑な分布を、理論解明する能力が必要だったようです。



HV: 高圧電源  E: 高圧電極(電界用) 
図3 ビニルハウス内の静電散布装置  (特許登録番号:1690289より) 


 研究当初は、今のようにインターネットがなかったので、関連のあるところへは国内外どこへでも出かけました。静電気や高電圧の知識は全くゼロだったので、知識の原典は静電気ハンドブック等でした。この時、まさか「新版 静電気ハンドブック」※3)に、その後執筆することになるとは、夢にも思いませんでした。

 今でも、初めて体験した静電散布モデル試験のように、表裏にべったり付着する静電散布装置の実用化の夢を見つづけています。


※1)電界:関西電力株式会社ホームページより
※2)施設園芸における静電散布法の研究(第1~3報)、農業機械学会誌50(1)~(3)、1988
※3)株式会社オーム社 静電気学会 「新版 静電気ハンドブック」P753-P756、1998 


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つが こうのすけ

大阪府出身。農学博士。昭和43年農業機械化研究所(現:農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センター)入所。農業機械の開発研究に従事。同センター所長を経て、現在:同センター新技術開発部プロジェクトリーダー