提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


ぐるり農政【112】

2016年07月26日

農業の成長産業化の条件

ジャーナリスト 村田 泰夫


 生産額や所得などの減少、耕作放棄地の増大、担い手といわれる就農者の高齢化など、衰退といってもいいわが国の農業を、成長産業にすることができるのだろうか。前回のコラムで、農業は作物や家畜など生きものを相手に長期間にわたって育てるという宿命から、成長率は工業と比べて低くなることを指摘した。しかし、農業政策次第で農業を成長産業化することができる。その条件について考えてみたい。


 成長産業として発展している産業は、需要が伸びている分野である。家電や自動車産業の発展を見てみれば明らかである。戦後まもなく日本経済が急成長し始めた1950年代後半、白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫の家電3品目が「三種の神器」として需要が急増し、家電産業は大きく伸びた。さらに1960年代半ばにはカラーテレビ・クーラー・自動車(カー)の3Cが「新三種の神器」として需要が沸騰した。電機産業から自動車産業へ、成長産業の主役は変遷していった。


murata_colum112_1.jpg わが国の食料、農業はどうだろう。食料品は景気の波に左右されにくいし、コメや牛乳などの基礎的な食料品は手堅い需要に支えられている。半面、国内市場では大きな需要の増大が見込めないので、成長率は工業品と比べると相対的に低くなる。由々しきことに、近年では総人口の減少と人口の高齢化で、食料の需要が減少に転じている。産業としての農業の先行きに暗い影を投げかけていると言わざるを得ない。

 日本農業を成長産業化する条件の第1は、需要を増やすことである。それには市場を広げればいい。国内市場が飽和状態で、人口減少と高齢化でむしろ縮んでいるのであれば、海外に市場を求めればいいのだ。とはいえ、話はそんなに簡単ではない。

 遠距離を輸送することになるから、いかに鮮度を保つかが課題になる。当然輸送費が高くつく。品質のいい日本産農産物とはいえ、価格がべらぼうに高くては、海外市場で一定のシェアを確保することはできない。これまでは、日本の産地の代表者が現地に出向き、展示即売会といったイベントを打ち、「完売した」とか「評判が良かった」と言って帰ってくることが多かった。それでは自己満足に過ぎず、恒常的な輸出につながらない。


murata_colum112_4.jpg そもそも輸出には、検疫、関税などさまざまな手続きが必要になる。煩雑な手続きを外国語でこなせる農業者は少ない。手続きや輸送などの輸出インフラを、行政が支援する仕組みを構築する必要がある。海外市場ではどのような農産物を求めているのかという情報を輸出業者から仕入れ、そうした需要にこたえた品質の農産物の生産に専念できるようにするのが理想だ。すでに成田空港や中部空港、那覇空港に近い場所で、農産物の輸出拠点づくりが進んでいると聞く。多くの農業者にとって、輸出が身近に感じられるような仕組みづくりが急がれる。

 幸いにも、わが国は経済発展の著しいアジアに位置している。中国、韓国、台湾はもちろん、東南アジア、インドにわが国の高品質な農産物を求める市場が、今後どんどん拡大しようとしている。日本農業が成長産業化する条件が用意されているのである。


 第2の条件は生産性の向上である。輸出を視野に入れれば、農産物の価格競争力を高めなければならない。それには農業の生産性の向上に、これまでとは一歩どころか数歩踏み込む取り組みが求められる。わが国の九州ほどの面積しかないのに、農産物輸出額で米国に次いで世界第2位のオランダの農業との比較が、よく引き合いに出される。

 オランダは施設園芸大国で、1㎡当たり60kg、合わせて80万tのトマトを生産している。一方の日本は、1㎡当たり20kg、合わせて70万tのトマトを生産している。オランダの方が単位面積当たり3倍も生産量が多い。品種改良と生産のコンピューター管理が進んでいるためで、キュウリやパプリカでも単位面積当たりの収量の増加は著しい。生産物は欧州各国に輸出している。


murata_colum112_3.jpg オランダは、作物の生育に欠かせない光、CO2、湿度、温度など施設内の環境をコントロールする制御システムを開発して生産性を上げた。しかもトマト、キュウリ、パプリカに特化し、栽培施設の大規模化にも成功した。農業へのIT(コンピューターを活用した情報技術)の導入は、日本でもできる。他産業のノウハウを導入して農業を知識集約産業に変えていくのは、むしろ日本の得意技である。「農地面積が狭いから規模拡大ができない」などという言い訳は、オランダでできているのだから、通用しない。


 わが国農業には、オランダにはない優位性がある。アジアの人たちが主食とするコメの生産でトップに立てるからである。残念なことに、40数年もの長きにわたってコメの生産調整(減反)が実施されている。食味など品質の向上のための技術は進んだが、増収技術は忘れ去られてしまった。単位面積当たりの収量は、生産性の向上や生産者の収益に直接響く。生産調整を一刻も早くやめ、増収技術の向上や生産性の向上に取り組めば、コメはわが国の農産物輸出の柱に育てることができる。

 日本農業の成長産業化を阻んでいるのは、実は農政なのである。日本産農産物の需要を広げるため海外市場にも目を向け、わが国得意の稲作では減反を廃止し、世界市場を席巻する意気込みが農政に求められている。(2016年7月25日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。