提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


ぐるり農政【111】

2016年06月24日

相対的に低い農業の成長率

ジャーナリスト 村田 泰夫


 「農業は成長産業である」と主張する論者が増えてきた。「日本農業は衰退産業である」と言われ続けてきたことに反発する動きのひとつであろう。私も日本農業が衰退産業なんかではなく、希望に満ちた産業だと思う。日本農業には潜在的な発展能力があり、成長産業に変えていくことも可能だと思う。


murata_colum111_4.jpg しかしながら、無条件で「日本農業は成長産業である」と言い切るには、はばかれる。現状を直視すれば、成長産業とは言えないからだ。日本農業の現状を嘆くデータはたくさんある。農業の重要な生産手段である農地は減り続け、耕作放棄地は42.4万haにのぼる。生産を担う基幹的農業従事者の平均年齢は今や67歳になり、39歳以下の若年層は農業就業人口のわずか6.7%しかいない。じり貧と言ってもいい惨状である。


 日本経済に占める農業の地位も下がりっぱなしである。農業総産出額は平成26(2014)年で8兆4千億円。20年前には10兆円を超えていたから、産業規模としては明らかに相対的に縮小している。農業者の農業所得は2兆8千億円で、20年前の4兆6千億円から4割も減っている。国内総生産(GDP)に占める農業の割合は、たったの1%に過ぎない。昭和30(1955)年には22.8%もあった。それがつるべ落としのように下がり続けているのだから、農業を成長産業ということは難しいかもしれない。


murata_colum111_2.jpg ペティ・クラークの法則をご存じだろうか。一国の産業は経済発展に伴い、農林水産業のような第一次産業から、製造業などの第二次産業、そして金融・情報・流通・サービス業などの第三次産業へと変遷していくことをいう。「法則」などと言われるまでもなく、農業がさびれていき、代わりに鉄鋼業や自動車産業、電機産業が発展していき、近年では金融や情報・通信産業が隆盛を極めていることは、戦後の日本経済の発展過程の中に身を置いてきた私たち自身が実感していることである。


 なぜ、農業(第一次産業)は製造業(第二次産業)より成長しないのだろうか。農業が食料を生産しているがゆえの宿命なのである。人々は一定数量の食料を必要とするが、所得が増え生活水準が向上しても、それに応じて食料の購入量を大幅に増やすことはない。よりおいしいもの、より高価なものを食べるようになるだろうから、食料費支出は少し増えるかもしれないが、人々の胃袋は限られている。所得の増加に比例して、食料をたくさん買って食べるわけではない。


murata_colum111_1.jpg 別の言葉で説明すると「エンゲルの法則」がはたらくのである。所得が増えるにつれ、支出に占める食料費の割合は減少する。経済が発展し、人々の所得が増えるにつれ、食料に対する需要が相対的に減るので、農業の成長率は相対的に低くなる。一方、第二次産業の作る工業製品への需要は、胃袋という制約がないので、欲しいものへの人々の欲望は、とどまることを知らずに増え続ける。急増する需要を満たすため、生産を増やす製造業の成長率は高く、農工間の発展に不均衡が生まれることになる。

 また、農業生産には作物や家畜など「生きもの」を相手にしているという、食料生産について回る制約がある。まず、工業分野では生産の効率化に絶大な効果を発揮する「分業」が、農業生産ではできない。農作物の生産は、春に種をまいて生育を管理し、秋に実ったら収穫する。ある時点で、ある人は種をまき、別の人は収穫するという分業は成り立たないのである。


 季節を通じて長期間にわたって育てるという農業の宿命は、需要の増減に臨機応変に対応できないことになる。予想より需要が増えたからといって、工業製品のように残業して「増産」するわけにはいかない。逆に売れ行きが悪くても、作物や家畜を育て始めてしまえば途中で「減産」することは難しい。そして、農産物は腐りやすい生鮮食品であることが多く、一定期間のうちに売り切ってしまわないといけない。捨て値で売らざるを得ない「豊作貧乏」が起きうる。

 さらに、農作物の生産は天候に左右される。日照時間、降雨量によって農作物の収穫量や品質が大きく変わってしまう。雨が降らない干ばつに見舞われると、収穫ゼロといった事態も起きうる。病気や害虫の被害を受けるリスクもある。


murata_colum111_3.jpg とはいえ、農産物のような食料は、私たち人々が生きていくうえでなくてはならない必需品である。食料品への需要がなくなることはありえない。品質にみがきをかければ、その努力は報われる。農業は必需産業であり、少なくとも衰退産業ではない。
 国内市場だけだとか限られた市場だと、成長(需要の拡大)の余地はせばまれてしまうが、海外など市場を広げれば、成長の余地は大きくなる。農業を成長産業にできるかどうかは、内外の市場を大きくできるかどうかにかかっている。

 成長産業として発展してほしい農業への期待と、衰退と言ってもいい現状との落差は、どこに起因しているのだろうか。工業生産と異なり、生きものを相手として季節に縛られる農業の特殊性にも起因するが、それだけではない。農業政策が深くかかわっている。農業を成長産業化させる条件については、改めて考えてみたい。(2016年6月23日)


むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。