提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


ぐるり農政【109】

2016年04月21日

発効の見通しが立たないTPP

ジャーナリスト 村田 泰夫


 環太平洋経済連携協定(TPP)の発効の見通しが立たなくなってきた。理由は、わが国の国会で承認に向けての審議が難航し、政府が今国会での採決を断念したことだけではない。肝心の米国の大統領選の予備選挙で、有力候補者たちがTPP反対色をいっそう強めているからだ。6年がかりで合意し、12カ国がせっかく署名したTPP協定だが、ここへきて漂流する懸念が強くなってきた。

 わが国の国会での審議は4月5日から、まず衆議院で始まった。安倍晋三首相も出席したTPP特別委員会での審議の模様は、テレビでも中継されたから、やりとりを見ている人も多いことだろう。率直に言って、政府側の対応はお粗末の一言に尽きる。


murata_colum109_2.jpg 審議の開始に当たって、民進党が交渉経過についての情報公開を求めた。2013年9月から15年9月までに開いた閣僚会合などに関する資料、A4判45ページのペーパーを政府は出したが、日付とタイトル以外は、すべて黒塗りだった。しかも、わが国の甘利明TPP担当相(当時)とフロマン米通商代表との間でおこなわれた計24回の協議のメモは、一切とらなかった。だから議事録はないという。自国の交渉担当者間の情報の共有は、すべて口頭でやりとりしたとか。「真っ黒くろすけ」のペーパーを出す政府の神経を疑うし、一切のメモも残さない通商交渉なんて信じられないし、あってはならない。

 また、現金授受問題でTPP担当相を辞任した甘利氏の後を継いだ、石原伸晃氏の国会答弁がいただけない。交渉経過を明らかにするよう求める野党議員に、木で鼻をくくったことしか言わない。「秘密保護に関する書簡で各国との具体的なやりとりは公表しないことになっている」という答弁を繰り返すだけなら、TPP担当相なんていらない。秘密を理由に何も答えないのなら、審議にならないという野党の主張に軍配が上がってしまう。

 国会審議の紛糾に輪をかけたのが、TPP特別委員会の委員長である西川公也氏の出版問題だ。西川氏は自民党の大物農林族議員。かつて、TPP交渉への参加を決めた安倍首相から自民党TPP対策委員長に指名され、TPP反対派の多い党内の農林族議員を抑える大活躍をした。その功績をかわれて2014年9月、農水相に抜擢されたものの、政治資金問題で、わずか6カ月で辞任に追い込まれた経緯がある。


murata_colum109_4.jpg その西川氏が、『TPPの真実─壮大な協定をまとめあげた男たち』という交渉の内幕を暴露した著書を、中央公論新社から出版することになった。実はすでに出版しているはずだったのだが、自民党首脳陣から「時期が悪い」として、待ったがかかっているのだという。そのゲラ刷りが野党の手に渡って、追及される材料となった。石原TPP担当相が「秘密だから公表できない」と突っ張っているのに、西川TPP委員長が内幕を暴露していては、しまらない話である。野党は「西川氏に秘密をもらした公務員がいるはずだ」と追及しているが、秘密をもらした公務員を罰するのではなく、西川氏の暴露した内幕を材料に、政府を追及した方が実のある審議になると思う。


 そんなこんなで国会審議が空転している4月14日、熊本県を中心とした地域で、最大震度7の大地震が続発した。安倍政権は震災対応を余儀なくされ、今国会の会期中にTPPの協定承認と関連法案を成立させることは困難と判断、7月10日に予定されている参院選後の臨時国会に先送りされることになった。

 参院選の結果次第だが、自民・公明両党の議席が大きく減らなければ、わが国での承認は、まず間違いがないところだ。しかし、TPP参加12カ国のリーダーである米国のようすがおかしい。大統領選の予備選が白熱するにつれ、有力候補のTPP反対色が強くなってきているからである。


murata_colum109_1.jpg 共和党のトランプ氏は「米国にとって最悪の協定」と切って捨てる。対抗馬のクルーズ氏は、もともと自由貿易論者であるにもかかわらず、「私は以前から反対してきた」と言い出している。一方の民主党では、国務長官としてTPPを推進してきたクリントン氏が、自動車合意内容を指して、「今の内容では反対だ」と言い出した。ライバルのサンダース氏がTPP反対を打ち出して労組票をかき集めているので、それに引きずられているのだ。

 仮にクリントン氏が大統領になれば、前言を翻すのではないかという期待が日本政府内にある。しかし、トランプ氏やサンダース氏の健闘は、米国政界の左傾化を表しているとの分析もある。クリントン氏だって、そう簡単に手のひらをかえすようなことは言い出せないのではないか。

 大統領に当選した場合のクリントン氏の選択肢が、「再交渉」の提案である。12カ国が足かけ6年もかけて合意した今の協定案は、ガラス細工のようなものである。一つ動かせば、ほかにも影響し、壊れてしまいかねない。再交渉は「ちゃぶ台返し」の何ものでもない。


 また、今年11月の大統領選に合わせて、議会選挙もおこなわれる。議会選挙で自由貿易に否定的な議員が多数当選するようなことになると、米国でのTPP承認は難しくなるとの見方が強くなってきている。TPPの発効ができなくなると、グローバル資本主義の危機は一層深まることになる。(2016年4月21日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。