提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


ぐるり農政【98】

2015年05月29日

白書が「田園回帰」の勧め

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


  政府が5月26日に公表した2014年度の「食料・農業・農村白書」は、「人口減少社会における農村の活性化」を特集として取り上げている。昨年、「市町村消滅論」が一世を風靡し、過疎地を抱える自治体の中から、落胆した声とともに強く反発する声も聞かれた。「市町村消滅論」に農水省としても、何らかの対論を出しておきたかったのかもしれない。


murata_colum98_1.jpg わが国の人口は、平成20(2008)年をピークに減少傾向に転じている。とくに農村地域においては、そのはるか前の1970年代から「少子高齢化」が指摘されてきた。農業白書が「人口減少と地域の活性化」を特集するとは、何でいまさらという感がないわけではないが、改めて取り上げることは悪いことではない。

 都市部と比べひと足早く高齢化に突入していた農村では、平成37(2025)年から高齢者の人口も減少に転じると見られている。60歳代はまだ「若手」といわれ、農村ではこれまで、70歳代から80歳代の高齢者が地域活動を担ってきた。その高齢者もリタイアしたり亡くなったりすれば、農地などの地域資源の管理はもちろん、集落活動など地域コミュニティ自体の維持も難しくなりかねない。

 そうした危機感を背景に、今年の農業白書では、「田園回帰」の動きに焦点を当てている。無責任な「市町村消滅論」に与するのではなく、近年、都市から農村に移住する「田園回帰」の動きに焦点を当てたことは評価できる。


 「市町村消滅論」は、元総務相の増田寛也氏らが、子どもの産む可能性の高い「20歳~39歳の女性人口」に着目し、厚生労働省の将来人口推計から、これまでのトレンドをそのまま2040年まで伸ばして導き出した。若年女性人口が5割以上減る市町村は全体の半分にのぼる896自治体。そのうち2040年時点で人口が1万人を切るのは、全体の29.1%に及ぶ523自治体。これらの市町村が「消滅する」として名指しされた。

 確かに、東京を中心とした大都市部への人口集中と、農村部での人口減少のトレンドを伸ばせば、将来、農村の人口がいなくなるのは当然である。そんなことを言えば、人口が減るトレンドに突入した日本は、いずれ日本人がゼロになる。

 農村部での人口減少のトレンドは確かだが、一方で、都市部にする若者や子育て世代の中に、農村に関心を抱き、新しい生活スタイルを求めて農村に移住したり、都市と農村を行き来する二地域居住を模索したりする「田園回帰」の動きが出てきている。


murata_colum98_2.jpg もともと、都市住民は農村にいいイメージを抱いている。「自然が多く、安らぎを感じられる」し、「子どもに自然を触れさせることができる」からだ。内閣府が26年8月に公表した世論調査でも、都市部の人は「農村を子育てに適している地域」と認識している。実際のところ、大都市部より農村部での出生率の方が高いという統計もある。

 都市住民の農山漁村地域への定住願望の有無を聞いた総理府の調査(「農山漁村に関する世論調査」26年8月公表)によると、都市住民の31.6%が「農山漁村に定住してみたい」と答えている。9年前の17年に実施した調査では20.6%だったから、10ポイント以上も増えている。

 これまでは、60歳代以上の男性が「定年退職後の居住地」として農山漁村への移住を希望するケースが目立った。ところが近年、そうした60歳代以上の男性に加え、20歳代の男性の間に、農山漁村に対する関心が高いことがうかがえる。なぜなのかの分析は、白書にない。学生時代のアルバイト経験や、就職活動を通じて、みずからの生き方を問い直した結果ではないか。大都市での「孤立した生活」や、大企業で「取り替えのきく部品」のように働かせられることに疑義を感じている若者が増えてきているのかもしれない。


murata_colum98_3.jpg 農村で生活していると、集落内の約束事や付き合いが多く、うっとうしい側面もある。一方、農村社会では、だれにでもその人の能力に応じて役割が割り当てられ出番がある。孤立することはない。困っていることがあればコミュニティ全体で助け合う相互扶助の精神が残っている。ひとたび、地域の社会に溶け込むことができれば、居心地のいい暮らしができる。


 都市と農村のどちらか一方がよくて、どちらか一方が悪いというわけではない。しかし、都市で育った若者がこれまで知らなかった農村に触れてみて、コミュニティ内で暮らす居心地のよさに開眼したり見直したりした人たちが出てきたのかもしれない。

 そうした田園回帰の動きに呼応して、農山村の側でも「地域資源を活かした農村の活性化」や、「地域の結びつきを強化する取組」、「移住・定住の促進と新規就農者の育成に向けた取組」に取り組む必要があるとして、白書ではその優良事例を紹介している。読み物としても耐えられる白書に仕上がっている。(2015年5月28日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。