提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


ぐるり農政【95】

2015年02月25日

崩れた農政のトライアングル

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


 農協改革の骨子が決まった。第2次安倍内閣の政策決定過程をみると、官邸主導が目立つ。農政には、特にはっきり出ている。「異次元の金融緩和」で為替相場を円安に誘導し、株価を上げる経済政策を「アベノミクス」と呼ぶならば、第2次安倍内閣の農政は、官邸主導の「アベノミクス農政」と呼ぶのがふさわしい。


murata_colum95_4.jpg 農協改革の政府案が決められた場は、内閣に置かれた「農林水産業・地域の活力創造本部」である(平成25(2013)年5月設置)。本部長は内閣総理大臣で、副本部長が官房長官と農林水産大臣である。現在の農政のグランドデザインである「農林水産業・地域の活力創造プラン」は、この活力創造本部が同年12月に決定した。農政を担当する農林水産省は、内閣の活力創造本部の決定したプランに沿って政策を展開することになっている。


 長い間、わが国の農政は、「与党自民党の農林族議員」「農協を中心とする農業団体」「農林水産省の官僚」の3者(トライアングル)で決定されてきた。
 自民党の族議員は、圧力団体であり選挙での集票マシンである農協など農業団体に頭が上がらない。農業団体は、組織の監督官庁である農水省に頭が上がらない。農水官僚は、与党のご機嫌を損ねて予算を通してもらえないと困るので、族議員に弱い。持ちつ持たれつの関係にある3者が、わが国の農政を牛耳っていたのである。

 そのトライアングルがいまや崩壊した。民主党政権が誕生した当初、トライアングルが崩れたといわれた時期があった。民主党政権の農水大臣が、農協の総元締めである全国農協中央会(全中)の会長と長い間、会見することすら拒んでいた。農協が選挙で自民党を応援していたことに対する「いやがらせ」であった。しかし、農協が自民党一辺倒ではなく「全方位外交」に転じると、民主党の農林関係議員が族議員的な存在となり、トライアングルが復活した。今回は様子が違う。農協改革案の政策決定過程を振り返ってみると、如実にわかる。


murata_colum95_3.jpg 農協改革案の「震源地」は、内閣総理大臣の諮問機関で、既存の制度や規制のあり方を検討する「規制改革会議」だった。議長は岡素之・住友商事相談役で、農業ワーキング・グループの座長は金丸恭文・フューチャーアーキテクト会長兼社長である。平成26(2014)年5月22日に公表された「農業改革に関する意見」の中で、①全中は農協法上の組織としては廃止する、②全農は株式会社化する、③准組合員の事業利用は正組合員の2分の1以下に制限する、などの農協改革を示した。


 「全中の廃止」に驚いた全中は、「現状を無視した急進的改革案」「暴挙」と猛烈に反発、これまでのトライアングルの政策決定手法に沿って自民党の族議員に働きかけた。有力な族議員から「農政はわれわれ党が決める」という心強い決意を聞いて、全中は安心したことであったろう。

 実際のところ族議員の働きかけは功を奏した。6月13日に決まった規制改革会議の第2次答申の文章を見ると、①全中の「廃止」という文字は消え、「自律的な新たな制度に移行する」というあいまいな表現に後退した、②全農の株式会社化は、「株式会社に転換可能に」と全農の選択に委ねる表現に変わった、③准組合員問題は「一定のルールを導入する方向で検討」と後退した。

 トライアングルが機能していた時代だったら、農協改革問題は、この族議員の押し返しの線で最終的に決着したものである。総選挙後、自民党の農林部会や農協改革検討プロジェクトチーム(PT)などの場で繰り広げられた議論でも、全中の働きかけを受けたかのような「全中擁護」の意見が目立った。


murata_colum95_2.jpg ところが、その後がこれまでと違った。農協の意を受けた反対論などを言いたいだけ言わせ、いわゆるガス抜きを終えたとみるや、農林族幹部7人で構成する「インナー」は、官邸の意向を受けた最終的な合意案を模索し始めたのである。インナーとは、前農水相(当時)の林芳正氏、自民党農林部会長の斎藤健氏、自民党農協改革検討PT座長の吉川貴盛氏、自民党TPP対策委員長の森山裕氏、前農水副大臣の江藤拓氏、同宮腰光寛氏、参院議員で鹿児島県農協中央会出身の野村哲郎氏の7人で、官邸サイドによる人選である。

 これらインナー7人が、全中会長の萬歳章氏に改革案を受け入れるように迫ったのである。一般社団法人化など、全中が「暴論」と呼ぶ改革案を最終的に受け入れざるを得なかったのは、実は農協内部の足並みの乱れがあった。「背中から鉄砲を打つやつらがいた」と、全中幹部はいまでも憤慨やるかたない表情で語る。


 最終段階で示された合意案には、「全中の廃止」のほか、「准組合員の事業利用制限」が盛り込まれていた。農協経営の屋台骨を支える信用事業と共済事業は、非農家である准組合員に支えられている。准組合員(非農家)相手の貯金や共済(保険)契約を制限されたら、農林中金や全共連(JA共済)は、やっていけなくなる。「全中の権限維持は放棄してでも、准組合員問題には手をつけさせるな」と、農林中金と全共連は全中に迫ったのである。准組合員問題を「人質」にした官邸サイドの作戦勝ちであったが、トライアングルの崩壊でもあった。(2015年2月24日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。