提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


ぐるり農政【93】

2014年12月24日

企業参入とイノベーション

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


 結論の得がたい議論のことを神学論争というが、農業に企業が参入することの是非を巡る議論もその一つだろう。日本農業の再生には企業の力が必要だという積極派と、利益追求を目的とする企業はもうからないとすぐに撤退するので耕作放棄地が増えるという慎重派の論争は交わらない。

 すでに政府は平成21年の農地法改正で、賃貸(リース)であれば一般企業の農業参入を認めている。それなりの成果もあげているので、論争に終止符を打ってもよさそうなものだが、一般企業による農地の取得(所有)については、なお農業界に強い抵抗がある。「農業への参入は口実で、取得した農地を転用して土地を安く取得するのが企業の本当のねらいではないか」という懸念があるからである。


 企業による農地所有問題は脇に置くとして、企業が農業に参入することで、農業にイノベーションを生み出すのではないか──茨城県牛久市にある「イオンアグリ創造株式会社」の農場を見せてもらい、福永庸明社長の話を聞いてそう思った。


murata_colum93_1.jpg イオンアグリ創造は、大手流通業のイオングループの傘下企業で、野菜などの農産物を生産する農産物生産会社である。
 本社は千葉市にあり、設立は5年前の平成21(2009)年。牛久市にある畑が第1号の農場だが、いまでは全国18カ所に農場がある。平成27年からは埼玉県羽生市内の水田で米の生産に乗り出す。現在は白菜、キャベツ、小松菜などの野菜が主で、生産物はイオンなどのスーパーで「イオン農場」のブランドで販売されている。生産量はまだ、グループのスーパーで売られている野菜の総量のごくわずかでしかない。


 当初、耕作放棄地を「開墾」した2haの畑だけだった牛久農場は、いまでは16haに広がる。スタッフは野菜の栽培には素人で、地元の農家や肥料会社から栽培方法を教えてもらいながら生産してきた。私たちが視察した時は、畑のそこかしこに小松菜を収穫する人の姿が見えた。パートとして働いている地元の農家出身の人たちで、22人いるという。トラクターなどの農業機械はもちろん揃っているが、特別に高度な機械や技術を導入しているわけではない。農産物の安全性に関する国際規格「グローバルGAP」の認証を取得し、化学肥料や農薬の使用を控えているが、栽培方法は極めて一般的だという。


 栽培技術は独学で学んだというイオンアグリが農業にイノベーションを生み出していると私が感じたのは、牛久農場の若い農場長や福永社長の試みが革新的だからである。イノベーションは、日本語で「技術革新」と訳されることが多いが、本来は「新しい技術や考え方を取り入れることで、これまでとはまったく違った新しい価値のある物や仕組みを生み出すこと」をいうそうだ。イオンアグリは、日本の在来型農業に本来的意味でのイノベーションをもたらしている。

 イオンアグリの社員は、ほとんどが農業生産の経験がなく素人なので、基本に忠実であろうとしている。たとえば、土壌の中の成分がわからないと効果的に肥料をまくことができない。そこで、必ず年に2回、土壌診断を実施している。肥料が足りないと作物が育たないが、施肥が過剰だと野菜の品質が悪くなるうえ、コストがかかり過ぎることになる。


murata_colum93_2.jpg カンと経験に頼りがちな栽培技術を「見える化」することで、仮に担当者が休日であっても代わりの者がきちんと対応できる。また、イオンアグリは「農業技術の伝承」に力を入れており、北海道の三笠農場ではメロンの栽培に挑戦している。三笠では農業者の高齢化が進み、メロン栽培農家は5人しかいないという。そのうち3人から栽培技術を教えてもらっている。

 プロの農業者の教え方は、実際的だがマニュアル化されていない。つるの剪定の長さを聞くと、「親指の先ぐらい」という。親指の長さは人によって違うから、それを「2.5cm」として記録する。苗を植える間隔を聞くと「足2つ半」だという。それを「65cm」と記録する。地域の特産である農作物の栽培方法は、いまのうちに農業者から聞き出してマニュアル化しておかないと、後世に伝わらなくなる。


 農業技術の職人芸やノウハウを「見える化」することは、素人でも農業生産ができるマニュアルづくりにつながる。それによって、今後、栽培技術の自動化など新しい技術を生む可能性に道を開く。スーパーという異業種の企業が農業生産に乗り出すことで、新しい風を農業分野に吹き込んでいる。

 しかし、農業界には一般企業の農業参入には依然として強い抵抗がある。イオングループの農業参入に対しても「流通大手が農業に参入するねらいは、農業生産以外のところにあるのではないか」と疑いの目で見る人たちがいまでもいる。


 中国経済の「改革開放路線」を推し進めた鄧小平氏は「黒ネコでも白ネコでも、ネズミを捕るのがいいネコだ」といって、いわゆる赤い資本家を育て経済発展を成しとげた。わが国農業の課題は、農地を有効に活用してくれる担い手の確保である。「農家でも企業でも、農地は有効に使う者がいい耕作者だ」と思うが、どうだろうか。(2014年12月19日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。