提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


ぐるり農政【92】

2014年11月26日

選挙と農政

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


 消費税の10%への増税を先送りして、安倍晋三政権は解散し、総選挙に突入した。増税の先送りは野党も容認しているのだから、消費税増税の先送りは総選挙の争点にならない。何のための選挙なのか、大義はないのではないかという批判が渦巻く。安倍政権の経済政策である「アベノミクス」をどう評価するかが争点となるのであろう。


murata_colum92_1.jpg 安倍政権が2年前に誕生してから、株価が上がった、円安になった、大企業の業績が回復した、雇用者数が増えた。市場にお金をじゃぶじゃぶ流すアベノミクスの成果であり、この恩恵はいずれ中小企業や働く人たちにも及んでくる。つまり、富める者が富めば、その富はいずれ貧困層にもしたたり落ちる「トリクルダウン効果」が期待できる-というのが安倍首相の主張である。

 これに対し、野党は批判する。株高、円安の効果は大企業や一部の富裕層に大きな利益を与えたが、その恩恵は中小企業や地方には及んでいない。むしろ、円安による値上げラッシュで消費者は悲鳴を上げている。アベノミクスは貧富の格差をいっそう広げ、国民の意識に亀裂を招いた─どちらの主張に説得力があるのか、国民の審判が下される。


 農政の分野では、何が争点となるのだろうか。やはりまず、アジア太平洋地域で一大経済圏の形成を目指すTPP(アジア太平洋経済連携協定)問題であろう。当面の問題としては、米の値段が急激に下がっている米価問題もある。さらに、農協にとっては、全国農協中央会(全中)の改組が焦点となる農協改革問題も争点となろう。


 TPP交渉への参加方針は民主党政権時代に打ち出されたが、交渉参加を決めたのは2年前に政権を奪取した自民党の安倍政権である。安倍内閣はTPPによる貿易自由化推進をアベノミクスの成長戦略の柱の一つに位置付けている。国会は米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物の重要5品目の関税撤廃には応じないと決議し、野党は国会決議を守れと出要している。自民党も「国会決議を守る」と約束していて、「対決」にはならない。


murata_colum92_2.jpg 本当は、TPP交渉の中身を争点とすべきなのだが、交渉はベールに包まれているし、国会決議を守るかどうかに争点がずらされているので、もどかしい。安倍政権としては、国会決議を順守して関税の撤廃には応じないが、関税の引き下げには応じる考えだ。だから、選挙の街頭演説で与党の候補者が「関税の撤廃には絶対応じません」と叫んでいても、それは大幅な自由化を否定しているわけではない。


 次に米価問題。平成26年産米の米価の下落は著しい。農協が生産者農家に示した概算金は、1俵(60kg)=1万円を割る地域が続出し、いま農村に「概算金ショック」が走っている。1万円を超えた銘柄は、新潟コシヒカリ、山形つや姫、北海道ゆめぴかりなど13銘柄に過ぎず、ほかの約50銘柄は9000円台から7000円台にとどまっている。新潟コシヒカリは前年産より12%安い水準だが、関東産のコシヒカリは23~33%も安い。


 概算金は仮払金であり後日精算されることになっているとはいえ、稲作農家にとっては事実上の手取り価格である。稲作農家が直面する最大の関心事が米価だから、その大幅下落は選挙で逆風になるのではないかと、与党の候補者たちは心配する。与党から米価対策を迫られた農水省は、収入減少影響緩和対策(ナラシ対策)や稲作農家への資金繰り対策などを打ち出したが、米価下落対策としては迫力に欠ける。


 自民党の農林関係合同会議で、こんな意見が出たという。「ここにいる多くの議員の中で、この問題で落選する人が出てくる。民主党の政策の方がよかっただろうと(いわれる)」。 自民党の議員たちは、選挙区を回っていて、米価下落のインパクトをひしひしと感じているに違いない。


murata_colum92_3.jpg 民主党政権は、農政の目玉として戸別所得補償制度を導入した。米の生産調整に協力した農家を対象に、10aにつき1万5000円を支給する米の所得補償交付金を支給し、米価下落対策として米価変動補填交付金制度を創設した。この米価変動交付金は、1俵=1万3700円を補償する事実上の最低価格補償制度であった。

 安倍政権は、米の所得補償交付金を7500円に半減したうえ、米価変動交付金を26年産米から廃止してしまった。民主党政権のつくった戸別所得補償制度は稲作農家に好評だった。自民党としては、好評であることがしゃくのたね。「バラマキ政策だ」として、2年前の総選挙で廃止を公約していた。党利党略のとばっちりを受けたのが稲作農家だった。


 党利党略といえば、民主党も結果的に農政を逆行させたことがあった。平成19(2007)年夏の参院選で、自民党政権がつくった「品目横断的経営安定対策」を、民主党が「選別政策」「小規模農家切り捨て」と批判し大勝した。品目横断的経営安定対策で政府は政策の対象を個別経営で4ha以上、集落営農で20ha以上(いずれも都府県)と絞り込んだ。日本農業の構造改革を進めるには担い手を絞ることは理にかなっていたが、「選別政策ハンターイ」という民主党の選挙戦術の前に屈した。結局、構造政策はその後、骨抜きにされることになった。


 選挙は党利党略の場であることは承知している。しかし、「バラマキ」だとか「選別政策」といったレッテル張りは、天に唾をすることになる。国の安全保障政策や食料政策に、与党も野党もないはずだ。農政を混乱させ、有権者である国民や農業者が振り回されることならないようにしてもらいたいものである。(2014年11月25日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。