提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


ぐるり農政【86】

2014年05月28日

波及効果の大きい食農教育

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


 食農教育の可能性はすごく大きい─5月中旬、明治大学農学部(神奈川県川崎市内の生田キャンパス)で開かれた日本食育学会のシンポジウムで、コーディネーターを務めて改めて思い知った。テーマは「これからの食農教育を考える」だった。生きることの基本となる「食」と、それを支える「農」について、地域に根ざして学び体験するという食農教育という切り口から食育を考えようというのが趣旨であった。

 食育を単なる「栄養教育」から一歩踏み出し、学校給食の中に地元の農産物を取り入れることで、地域の食文化を学ぶ場にすることができる。ほとんどの人に納得してもらえるこのことが、シンポジウムに登壇した3人の事例発表で確認することができた。


murata_colum86_1.jpg 食農教育について実践事例を報告してくれたのは、次の3人だった。東京の八王子市内で酪農を経営している磯沼ミルクファーム代表の磯沼正徳さん、神奈川県秦野市の本町小学校で栄養教諭をしている宮原裕子さん、川崎市幸区内の野菜農家で川崎市女性農業担い手の会「あかね会」副会長の新堀智恵子さん。


 磯沼ミルクファームは「酪農教育ファーム認証牧場」で、ホルスタイン種、ジャージー種、ブラウンスイス種の3種の乳牛を約100頭飼育している。小中学生を対象とした「乳搾り体験教室」を始めてもう12年になる。命が命を育むことで、母さん牛が子牛を元気に育てようとする愛情がミルクを生産する原点であることを伝えるようにしていると、磯沼さんは言う。

 そしていま、力を入れているのが「あなたも牛を飼ってみませんか?」と一般の消費者への呼びかけである。牧場と「あなた」と牛を育てる空間を共有していく共同作業に取り組みたいからだという。


 栄養教諭・宮原さんの勤める秦野市は「はだの生涯元気プラン」の一環として、学校給食では地場産品を活用することで感謝の心や食文化を学び、さらに食べものを大切にする子どもの育成をめざしている。秦野市は「少量多品目な農産物」を生産するという都市型農業の特徴を生かし、昭和63(1988)年から学校給食に「JAはだの」から地場産農産物の仕入れを始めた。今では24品目を購入している。さらに5校では、地域の生産者団体から8~22品目を直接納入してもらっている。

 その結果、秦野市の学校給食の地場産農産物を使う割合は、平成25年度で秦野産が29.4%に、神奈川県産に広げると39.4%にのぼる。全国平均が25%だから、秦野市の取組みの熱心さがうかがえる。


murata_colum86_2.jpg 新堀さんの活動の場である「あかね会」は、川崎市内の女性農業者のグループ23人で構成されている。あかね会の女性農業者たちは、家庭では育児や家事など消費者として行動することが多いことから「消費者に最も近い生産者」であるという自負を持っている。

 みずから農産物を生産し、料理を通しておいしさや新鮮野菜のよさを消費者に広めながら、都市農業についての理解につなげたいという。このため、学校給食に食材を提供するとともに、小学校などに会員が「出前授業」をし、野菜や農業について話をしている。また、セミナーの受講や視察研修、会員相互の情報交換など自分磨きに努めている。25年度の活動テーマは、農家に伝わる料理や農家生活のよさを市民に伝えていきたいという思いを込めて、「伝えていきたい大切なこと」とした。


 3人の報告を聞いて感銘を受けたことがたくさんある。栄養教諭の宮原さんは、学校給食に地元産の農産物を使うことで、子どもたちの偏食がなくなったという。今食べている野菜は、どこか遠くから運ばれてきたのではなく、市内のどこそこの何とかさんという農家が丹精込めて育てた野菜だと知ると、食べものを大切にする心が育まれる。地域への愛着や郷土愛の醸成にもつながる。
 そうした食材を使った郷土食を取り入れれば、地域の食文化の伝承にもつながる。このことは、川崎市の女性農業者・新堀さんも「大事なこととして心して取り組んでいる」と言っていた。

murata_colum86_3.jpg また宮原さんは、食について学校で学んだことを家に帰ってお母さんたちにしゃべるように、子どもたちに伝えている。子どもを通して家庭にも食育の場を広げる試みである。PTA広報に「食育で生きる力アップ」というコーナーを設け、家庭においても健全な食生活を実践してもらえるようにしている。


 学校給食に地元産の食材を使ったり、子どもたちに牛と触れあう機会を設けるなどの農業体験をすることで、農業者の側にも変化があらわれると、3人は報告した。「子どもたちが牛と触れあうことで命を感じ取り、牛と人間とのコミュニケーションの場を提供していると思うとやりがいがある」(磯沼正徳さん)、「畑で野菜が育っている現場を見たことのある人は意外と少ない。都会の人や子どもたちが歓声を上げてくれるとうれしい」(新堀智恵子さん)、「学校給食用に直接納入してくれている農業者の意欲が高まったことを実感する」(宮原裕子さん)。何とすばらしいことではないか。(2014年5月28日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。