提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


ぐるり農政【76】

2013年07月30日

「所得倍増」は担い手が半減するから?

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


 自民党の大勝で参院選は終わった。自民党の勝利に農業票が一翼を担ったのは、各種の世論調査で確かである。安倍晋三首相はTPP(環太平洋経済連携協定)に前のめりであるが、そのことで農民票は自民党から逃げなかった。一方、自民党は「農業・農村の所得倍増目標10カ年戦略」を公約に掲げて農民票の取り込みを図ったが、農民票が「所得倍増」に目がくらんだとも思えない。


murata_colum76_1.jpg とはいえ公約は、公約である。選挙が終わったからといって、ないがしろにされては困る。自民党の掲げる「農業・農村の所得倍増」は本当にできるのだろうか。自民党の選挙用パンフレットには「15のビジョンと100の具体策」が列挙されている。


 新規需要米150万t生産計画、担い手利用面積8割計画、耕作放棄地解消計画、新規就農倍増計画、地産地消・6次産業化の推進、農産物輸出倍増国別・品目別戦略、日本型直接支払制度の創設などなどだ。しかし、以前の自民党政権時の農政の復活や、直近の民主党政権時の農政の延長線上の政策が多く、新味に乏しい。「これで所得が倍増するの?」というのが、率直な感想である。


 自民党の小里泰弘・農林部会長から詳しい説明を聞く機会があった。所得倍増の根拠について、特に数字的な裏付けがあるのか何度も問いただすと、小里さんは「いたずらに詮索するのは、どうかなあと思う」と、はぐらかしてしまう。所得倍増の根拠をきちんと説明できないのであれば、公党の公約としていかがなものかと思う。しつこく聞くと、定性的な根拠として、小里さんは次の3つの側面から、「倍増」の「根拠」を説明してくれた。


 第1は、わが国農業の構造的な変化から、担い手の所得倍増は可能であるという。「担い手」と定義づけられるわが国の基幹的農業従事者の数は、現在186万人いる。しかし、65歳以上が6割を占め、50歳未満は1割しかいない。現状を放置しておけば、担い手の数は10年のうちに3分の1から4分の1に激減してしまう。そこで、青年就農給付金など手厚い助成策で若い新規就農者を呼び込み、なんとか現在の基幹的農業従事者の2分の1の水準にとどまるように確保する。その場合、生産水準を下げずに現状を維持していれば、担い手の所得は倍増する。

murata_colum76_2.jpg 担い手10人で農業所得1億円を挙げていれば1人当たりの所得は1000万円だが、その担い手が半分の5人に減れば1人当たりの所得は2000万円に倍増する。すごくわかりやすく、納得のいく説明である。だが、小里さんは「なーんだ、という言われ方をしてほしくない」と、くぎを刺す。「年間の新規就農者を倍増しないといけないし、農業生産額や農業所得を維持し続けるには、たいへんな努力がいる」。要するに簡単なことではないのだから、その努力を評価してくれというのだ。

 でも、担い手の数が半減すれば所得が倍増する、というのでは「なーんだ」と受けとめられても仕方があるまい。当事者である農業者が、その説明で納得し、「所得倍増」を支持するのだろうか。


 小里さんがあげる第2の根拠は、事務方である農水省が示した数字に基づく説明と同じである。現在の農業生産額約10兆円のうち、農家が手にする所得は約3兆円。その農業生産額を10年後には12兆円に増やすことで、農家の所得も約1兆円を増やして4兆円にする。さらに、現在1兆円程度しかない6次産業化の市場規模を、10年後には一般経済の成長率2%を大きくしのぐ10兆円規模にできれば、農家や農村地域に落ちる所得は2兆円近くになるはず。そうすれば、合わせて現状の3兆円が、10年後には倍増の6兆円になるという計算である。6次産業が思惑通り発展するのか、仮にそうなっても農家や農村地域にお金が落ちることになるのか、絵にかいたモチに終わらなければいいが。


 第3の観点からの説明は、小里さんら政治家らしい説明で好感が持てる。日本農業全体の農業所得がどうのこうのというのではなく、「日本農業は多様なのだから、地域別、品目別に所得が倍増になるような戦略を描き、具体的に対応していく」というものである。


murata_colum76_3.jpg 小里さんは鹿児島県選出の衆議院議員である。奄美諸島のサトウキビ生産者と懇談した際、生産者から「所得倍増をめざしたい」という意欲的な発言を聞き、感銘したという。奄美群島のサトウキビの10a当たりの生産量は4tもないという。病害虫の被害もあるし、土壌も悪い、畑地灌がいされてないところもあるし、品種改良も進んでいない。それに対し、ブラジルやオーストラリアでは単収が倍の8tを超える。奄美群島でも、努力すれば8t収穫することも夢ではない。そうすれば、所得を倍増できる。


 鹿児島県内の肉牛の繁殖農家でも、規模を拡大していけば所得倍増も可能だという力強い話を聞いたという。所得を増やすには、コストの低い自給飼料をいかにたくさん生産するかにかかっているが、ローズグラスという牧草にイタリアングラスを加えれば、牧草を収穫する回数を増やすことができるという。


 小里さんは言う。「できないよ、と逃げるのではなく、挑戦してみようとすれば課題も見えてきて、その課題を克服するために何をなすべきか、工夫や知恵が出てくる。国や自治体の施策もそれに応じていく。そうすれば、所得倍増も夢ではない」

 まさにその通りである。「TPP参加で日本農業は壊滅する」と嘆いていては、何も始まらない。生産者のやる気を引き出すことが肝要である。そして、彼らの懸命な努力だけでは如何ともしがたい生産力格差は、国や自治体が埋めてあげる。ともかく地域の農業とコミュニティを守り抜く農政が求められている。 (2013年7月29日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。