提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


ぐるり農政【52】

2011年09月21日

日本食文化の世界遺産登録

                      ジャーナリスト 村田 泰夫


 日本食の文化を評価し保護する取り組みとして、「日本料理」をユネスコの無形文化遺産に登録する運動を農林水産省が始めた。日本食は日本固有の歴史と文化、自然を基礎に、季節ごとの多様な食材に、器やおもてなしの心を添えて形づくられた日本文化の粋と美の結晶である。登録申請は遅きに失した感もあるが、日本食の見直し・再評価が、私たちの日常の食のあり方を見直す動きにつながることを期待したい。


murata_colum52_5.jpg 農水省内に設けられた「日本食文化の世界無形遺産登録に向けた検討会」は7月から会合を重ねているが、秋までにとりまとめたうえ、年末にもユネスコ(国連教育科学文化機関)の「無形文化遺産保護条約に関する特別委員会」に書類を提出し、翌2012(平成24)年3月までにユネスコに正式に申請する段取り。ユネスコ加盟国で構成される委員会の審査を経たうえ、13年11月に開かれるユネスコの政府間委員会で、登録の可否が決定される。

 これまでの検討会でまとめられた、ユネスコへの提案書の素案によると、登録する無形文化財は「会席料理を中心とした伝統をもつ特色ある独特の日本料理」。日本料理を特徴づける要素として、次の4点を挙げている。


①多様な自然に基づく新鮮な食材の、自然の味そのものをなるべく生かす
 四季折々の季節に応じた、多様で豊富な旬の食材が日本には存在し、その素材の良さを引き出し、可能な限り活かす工夫が施される。たとえば、新鮮な魚を生で食べるための「活け締め」や、寿司などで生の素材を安全に食べるための抗菌・防腐作用のある食材(わさび、酢、醤油)の使用。

murata_colum52_4.jpg②主食である米飯を中心とした、栄養バランスのとれた食事構成
 日本の食事は米飯を中心とし、多種類のおかずと漬物で構成される「一汁三菜」、つまり主食となる米飯とあわせて、汁物1種、おかず3品(主菜1つと副菜2つ)と漬物を食べる。栄養バランスが良い健康的な食事になっている。

③出汁のうま味を中心に、発酵調味料・漬物・日本酒など、多様な発酵食品を取り入れる
 うま味は日本人が発見した第5の味とも言われているように、日本料理のおいしさの基本となる味である。さらに、多様な発酵食品が日本では独自に発達し、日本料理に取り入れられている。

④年中行事や人生儀礼と結びつく食事
 日本における食事は、自然に対する畏敬の念とともに、季節の節目におこなわれるさまざまな年中行事や、人生儀礼の重要な核となっている。食事の場の共有により、地域コミュニティや家族、友人を結びつける役割を果たしている。
また、きれいに食べるマナーや「もったいない」、「いただきます」という自然の恵みに対する感謝の心も生まれている。


murata_colum52_3.jpg 以上の特徴を備え、日本料理の粋を凝縮した形が「会席料理」なのである。会席料理は、前菜から始まって、刺身、揚げ物、蒸し物、酢の物、あるいは寿司、てんぷらなど多様な料理が順番に供される。食べ物だけではない。料理の盛り付けは季節感を出すように工夫されるし、料理が盛られる器そのものも美しい。目でも食べさせてくれるのである。さらには、食事の場である部屋の壁や床の間には、季節やその場にふさわしい掛け軸や生け花がそなえられ、そうした空間の「しつらえ」も日本料理の一部なのである。食事がおいしいのはもちろん、その場にいる客が季節を堪能し満足できるように、主人が客を「もてなす」精神文化が日本料理にはある。


 世界の三大料理といえば、フランス料理と中華料理、トルコ料理を指すが、美食家があこがれるのは、フランス料理、イタリア料理、中華料理、それに日本料理だ。ユネスコの無形文化遺産の「食」の分野では、すでにフランスの美食術、地中海料理(申請国:スペイン、イタリア、ギリシャ、モロッコ)、メキシコの伝統料理の3つが登録済みで、今年中に韓国の宮中料理が登録される見通しである。日本人だからひいき目で見るわけではないが、日本料理とりわけ会席料理が、それら登録された外国の料理に劣るとは思えない。13年に登録されることを切に願う。


 しかし、仮に日本料理が無形文化遺産に登録されたからといって、喜んでいるだけでは進歩がない。日本料理の本場である日本でも、西欧から入ってきたファストフードが町にあふれている。昼食に会席料理を食べろというわけではない。ファストフードを否定するわけでもない。ただ、日本料理の世界遺産への登録を機会に、健康によくて、見た目にも美しく、心豊かにしてくれる日本食のよさを改めて見直し、日本食の文化を子孫に伝えていくことの重要性を認識したいものである。(2011年9月15日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。