提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


ぐるり農政【42】

2010年12月17日

あるべき日本農業の姿は

                      ジャーナリスト 村田 泰夫


 TPP論議は、非生産的な非難合戦の色を濃くしている。環太平洋の一大自由貿易圏構想に乗り遅れてしまえば「日本は世界の孤児になる」として、産業界が「農業悪者論」を展開すれば、片や農業界は、一部の産業界の利益のために「国内農業が壊滅的打撃を受ける」として「産業界の犠牲論」をキャンペーンする。


 TPPに参加しないと本当に日本は世界の孤児になるのだろうか、自由貿易を促進すると国内農業は本当に壊滅してしまうのだろうか。どちらも、うそっぽくないか。TPP以外にも自由貿易を維持する枠組みはある。農業が壊滅するという試算は、何の対策もなしに市場を開放した場合である。そもそも、消費者は価格が安いという理由だけで外国産農産物を買うはずもないから、農業界はもっと自信を持ってよい。TPP論議が混迷している原因は、国内農業の将来像を描き切れていないところにあるのではないか。


 産業界を含むおおかたの国民の日本農業に対する認識は、「零細規模」とか「価格競争力がない」であろう。事実の一面を突いているが、そこから描く日本農業のあるべき姿は「大規模化」であり、「競争力のある強い農業」である。農業界自身もほぼ同じ認識でいる。だから、わが国の農政は「自立経営農家」や「産業としての農業経営体」の育成に力を入れてきた。実際のところ、酪農、養鶏、養豚などの畜産業では規模拡大が進み、飼養規模では欧州をしのぐまでになった。野菜についても産地の形成が進み、安全性などの品質を考慮すれば、国産品の競争力はまずまずの水準まで上がってきた。


 生産効率や競争力で見劣りするのは、土地利用型農業である。米、小麦、大豆、ナタネなどの穀物生産では、国土が狭く平坦な農地が少ないというわが国の自然立地条件の比較劣位性はいかんともしがたい。それでもなお、1ha程度の小規模経営に甘んじるのではなく、規模の拡大をめざすべきだが、1経営体の農地面積がわが国の10倍の欧州、100倍の米国、2000倍のオーストラリアに生産効率で勝るはずがない。


 そもそも、農業は他の産業と比べて生産性が低く、収益性に劣るという宿命を負っている。まず、日照や気温など気象条件に左右される。病害虫の発生というリスクに直面する。穀物だと年に1回、豚だと半年、肉牛だと1年半とか、生産が長期間にわたる。生産物の多くは生鮮食品で日持ちがしないか、あるいは品質の劣化を防ぐための在庫管理や流通に多大なコストがかかる。


 このため、各国とも、国内農業を保護する政策をとっている。農家がかわいそうという理由ではない。国民に不可欠な食料を安定的に供給するためと、農業生産が継続されていることによって維持されている国土保全、自然環境維持、農村景観保全、伝統芸能伝承といった多面的機能を評価してのことである。


 米国や欧州などの先進諸国は、かつて農産物市場に政府が介入することで価格を支え、農家の所得を維持してきた。しかし、価格支持は生産を刺激し、過剰農産物の処理で苦労するうえ、農産物貿易をゆがめるという弊害が指摘されるようになった。このため、農産物価格の決定は市場の需給にゆだねる一方、それによって農産物価格が下がるのであれば、農家の所得を維持するために、政府が農家に直接、所得を補填する「直接支払制度」を採用している。市場を開放しても国内農業を維持し続けられる「妙手」として、直接支払制度が先進国では根づいているのだ。


 国内の農業を何としてでも守るのだという強い国民的合意があって、そのための財政支出は当然だという欧米諸国と比べ、わが国では農業を支えるための財政支出には「バラマキ」批判がつきまとい、国民的合意が形成されていない。WTOであれTPPであれ、市場開放がテーマになると、農業界は「断固反対」の玉砕戦法をとり、政府や産業界は「強い農業を作る」という名目で当面の対策予算を支出することでなだめる戦法をとる。


 WTOウルグアイラウンド(UR)交渉がそうだった。米の関税化=自由化をめぐって、農業界は「一粒たりとも入れない」玉砕戦法を採用、政府もやむなく米のみ関税化を猶予してもらう「特例措置」を選択せざるを得なかった。一見、日本の主張が通ったかのように見えるが、硬直的な交渉姿勢が災いして、関税化の条件闘争ができなかったため、関税化拒否の代償措置として、ミニマムアクセス米の上乗せを丸呑みさせられてしまった。米の一部市場開放である。


 政府は農業生産者をなだめるため、6年間で6兆100億円の「UR対策費」を支出した。それらの多くは農業土木事業に費やされ、国内農業の強化にはつながらなかった。担い手は育たず、農業所得は減少し、自給率は下がってしまった。UR農業交渉の轍を踏まないために、まず日本の農業をどうしていくのか、国民的合意の形成に務めるところからスタートしなければいけないのではないか。(2010年12月17日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。