提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


ぐるり農政【40】

2010年10月20日

米価下落をどう考えるか

                      ジャーナリスト 村田 泰夫


  米価下落がとまらない。2009年産は過剰在庫圧力に押されて下落基調で推移していたが、10年産の新米価格も低い水準からの取引スタートとなった。代表的な銘柄である新潟県産コシヒカリ(魚沼産などを除く一般地域)の卸間取引価格は、60kg=1俵当たり、前年度より1,000円安い1万5,000円、秋田県産あきたこまちは、1,300円安い1万3,500円である。そのほかの銘柄も、前年よりおおむね5~15%安い水準で取引されている。


 米価下落の原因には、複数の要因がからみあっている。第一の要因は、消費の減退である。食生活の洋風化が定着し「コメ離れ」がとまらないうえ、人口の減少と高齢化が、米の消費量の減少に拍車をかけている。もっとも、いっとき米の需要が持ち直したことがあった。08年の世界的な食料危機で小麦相場が高騰、わが国でもパンや麺類などの小麦製品が値上がりし、米の価格に相対的な割安感が出た07年産に対する需要が、前年産より増えたのである。「これを機に、コメ離れに歯止めがかかれば」との期待がふくらんだが、残念ながら、食料危機が去って小麦製品の価格が元に戻った08年産に対する、需要は急速にしぼんでしまった。


 第二の要因は、消費減退と関係しているのだが、過剰在庫が常態化していることである。08年産の在庫はその後も引きずり、09年産の持ち越し在庫30万tにつながっている。しかも、10年産について、政府が当初見込んだ需要量より実際の需要見込み量が少なくなる8万tと、生産数量(生産調整)目標を上回る「過剰作付け」分18万tを加えた26万tが余りそうなのだ。つまり、10年6月現在の持ち越し在庫30万トンに、10年産で発生する過剰分26万tを加えた56万tが、米価の下落圧力になっている。


 第三の要因は、戸別所得補償制度の実施である。10年産から実施された戸別所得補償制度は、米価の引き上げと引き下げの両方に作用した。10a=1万5千円という交付金は、「生産数量目標に応じた農家」、つまり生産調整に協力した農家に支払われるから、制度の実施で生産調整に協力する農家が増え、その分だけ需給を引き締め、米価の引き上げ要因となった。農水省によれば、戸別所得補償制度に加入した農家の数は、目標の120万件を超える133万件に達した。この結果、09年産と比べ、過剰作付け面積はおおむね1万ha減ったという。しかし、政府が国会などで答弁していたように「需給が引き締まる」ことにはならなかった。需要減退圧力の方が大きかったからである。


murata_colum40_2.jpg 一方、戸別所得補償制度を実施したこと自体が米価下落につながった。農家から直接米を仕入れている卸売業者や米穀商が「戸別所得補償のお金が入るのだから、その分まけてほしい」と値引きを要求、コメ余りの現状から、農家もそれに応じざるを得ない状況が各地で起きたからである。そもそも、戸別所得補償制度は、米価の下落をあらかじめ組み込んだ制度ともいえる。過去の生産・販売実績から算定して、赤字相当分を1万5千円という「定額部分」で補てんしたうえ、当年産の米価が下がって赤字幅が膨らんだ場合には、その下落分を「差額部分」として追払いする仕組みだからである。


 米価の下落は、過剰在庫を抱えた農協の経営に、多大の影響を与えかねない。このため、農協は政府に対し「市場から米を買い上げて市場から隔離し、価格を下支えするように」強く働きかけている。ところが、政府はそれに応じようとしない。「市場に介入して米価を支えれば、生産調整に参加しない農家にただ乗りを許すことになり、来年度以降の生産調整に支障が出る」からである。自民党政権時代には、農協は政治力を使って政府に過剰米を買い上げさせてきたが、民主党政権になり、思うようにはいかない。

 農協は農家から米の販売の委託を受けているのに過ぎないから、希望通り売れなくてもいいはずだが、食管法時代の名残りで、「全量売り切り」をモットーとしている。その場合、大幅に値引きしなければならない。その大きなリスクを避けるため、農協は農家に支払う前払い金(概算払い金)の金額を大幅に下げ始めている。10年産の新潟県産コシヒカリの場合、09年産と比べ60kg=1俵当たり1,400円安い1万2,300円、秋田県産あきたこまちの場合、3,300円安い9,000円といった具合である。1俵=1万円そこそこの概算払いの金額を見て、生産農家は愕然とするのである。


 こうした米価水準を、どう見るべきなのだろうか。消費者にとって、お米の値段が下がることは喜ばしいことである。都会のスーパーなどでは、5キロ入りの精米が1,800円以下で売られている。「目玉商品」として1,500円台で売られる特売もあるという。昨年までは2,000円程度だったから、値下がりは急である。一方の生産者にとっては、米価が下がっても戸別所得補償で値下がり分を政府が補てんしてくれるとはいえ、補てん水準が年々切り下げられるので困ったことである。


 農産物価格も他の商品と同じように、市場の需給関係を反映して決定されることが基本であろう。海外産が入ってこない閉じられた市場では、国内産の需要と供給が均衡する水準で価格が決まるから、生産者の再生産を保証する価格以下には下がらないはずである。しかし、市場を開放している場合には、外国産に押されて国内産の再生産が不可能な水準にまで下落してしまうことも十分ありうる。その場合には、政府が財政で国内農業を維持する必要がある。


 米価についても、下落そのものがいけないのではなく、市場の価格が下落しても、生産者がそれにおびえることなく、安心して農業を続けられる仕組みが必要なのである。現政権が誇る戸別所得補償制度が、そうした生産者の期待にこたえる内容になっているかが問われている。(2010年10月19日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。