提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


事例で見る安心安全の取り組み 【1】

2007年04月02日

安全を阻む「7つ」の要因をいかに遠ざけるか
    マーケティング・プロデューサー 平岡豊


 中国の言葉に、「法をもって制すれば、人は法をのがれて恥とせず。徳をもって制すれば、人は行いをつつしむ。」といった趣旨のものがあるそうです。マンションの安全騒動(注:2005年に発覚した耐震強度偽装問題)も、ある面では当事者が、法をのがれて恥とせずに、価格での競争に勝とうとしたことが原因でしょう。農産物の安全についても、同様なことが言えるはずで、第一に心すべきは、法をのがれることを恥とする産業風土をつくることだと思います。
 とりわけ農業では、工場などのような集中管理は難しく、多様なレベルの生産者が独自に作業を行っているので、徳に加えて安全を守るための知識と技術を持っていることが重要になるはずです。


●事故、無知、錯誤、故意の4つの要因
 ところで、ある大学教授が、リスク管理について4つの発生要因を挙げていました。1)事故、2)無知、3)錯誤、4)故意です。


 まず「事故」ですが、停電で乳製品の生産ラインが停止した。30分ほどでラインは再び動きだし、製品はそのまま出荷され食中毒を起こした、という事例があります。これは現場担当者の「無知」もからんで重大な状況を招いたことになります。企業側には意図的にごまかそうといった気持ちがなかっただけに、「事故」が起こった際の「目くばり能力」と「適切な善後策」がとれなかった「無知」が悔やまれます。


 「錯誤」については、農薬の取りちがえや手順の間違いといったものから、「思いこみ」といったものまであるようです。BSE問題で牛肉ばなれが起こり、鶏肉の消費量が急激に増えた時期がありました。ある生協でも、地元のブランド地鶏に人気が集まり、産地側に大量の発注がきた。とても対応できない量でしたので、産地側ではブランド地鶏とほぼ同レベルの肉を4割ほど混ぜて出荷したのです。
 当然ながら、偽装表示となって社長は引責辞任したのですが、ご本人に事情を伺うと、本来のブランド地鶏が5割以上入っていれば、その表示が使用できると「確信」していた、というのです。つまりは「錯誤」ですが、農産加工品の中にはそういった表示が認められているケースがあったようで、個人的には同情したものです。


 そして最後が「故意」ですが、これは論外です。検査制度の確立もさることながら、法をのがれて恥とせず、といった人たちには退場してもらうしかありません。その面では、マスコミを通しての世論による包囲陣づくりが重要です。一例ですが、九州の西日本新聞では、安全・安心を核とした上で、食生活のあるべき姿を多面的にとらえる長期シリーズを連載しています。「食卓の向こう側」といった企画ですが、こういった動きが全国のマスコミに広がっていく「気運」をつくることも、農業側に問われるべきではないでしょうか。


●農業では怠慢、楽観、誤解がプラスされる

 組織的に動いている生産工場などでは、事故、無知、錯誤、故意といった要因だけでもいいと思います。しかし、従業員が一定の訓練を受け、それなりの判断力や技術レベルを持っている場合でも、こういったリスクが発生するのです。ところが農業側では、高齢者が個人で生産活動を行っている場合も多い。もちろん、知識や技術レベルもバラバラです。そこでは、4つの要因に加えて、怠慢、楽観、誤解といった、非常にリスキーな状況が、日常的に発生する心配があるはずです。


 公開の場で消費団体の方が、個人レベルでの記帳をベースにした生産履歴において、その内容が正確であるという保証はない、といった発言をしていました。たしかにその通りです。私の個人的な見解でも、まず「怠慢」がある。たとえば、農作業のあとでの記帳は面倒なので、つい翌日に回す、といったことです。翌日になると、さて、使用した農薬の量はどれだけだったかな、となってしまう。そして、まあ、適当に書いておくか、と「楽観」的に記帳する訳です。さらには、使用した農薬や使用量についての「誤解」も十分に考えられる。しかも、それをチェックすることはまず不可能です。高齢者がほとんどという生産部会の総会などで、関係機関から、記帳は毎日きちんとやれば、決して難しいことではない、といったマニュアル型指導が行われていますが、工場型4つの要因だけでなく、農業側ではさらに3つの要因が加わるとなると、心細くなってきます。


 その対策として、農業側では、安全、安心のための生産組織をつくるべきではないでしょうか。たとえば集落の中のご近所数軒でチームをつくり、リーダーが農薬などを一元管理する。高齢農業者は作業前にリーダー宅でその日の農薬を受けとり、記帳はリーダーが行います。JAなどはチームの必要量をリーダー宅に配達すればいい訳で、効率もよくなると思うのです。こういった形での「安心、安全のための集落営農」といった視点も重視すべきではないでしょうか。


●発想を、大切にしよう 
最後に、あるJAの若い女性営農指導員の事例をご紹介します。彼女は、高齢者がほとんどの生産部会で、展着剤、乳剤、水和剤を混ぜる手順について、「テニス」を強調していました。展着剤、乳剤、水和剤の順番で混ぜていくから、それぞれの最初のテ、ニ、スをつないで「テニス」としたのです。テニスですよ、ピンポンではありませんよ、と会場の笑いを呼びながら、記憶効率を高めていました。
 関係機関でこういった指導をすすめているのかと、数人に問いあわせましたが、マニュアルはないようで、彼女が高齢農業者のために考えたものらしい。デスクプランではなく、現場状況をふまえた上でこういった知恵を出していくことが、安全、安心の確保のためには重要なことだと、感じいったものです。
(月刊「日本の農業」2006年1月号(全国農業改良普及支援協会)から転載)

ひらおか しげる

昭和11年生まれ、大分県出身。大阪外国語大学卒、九州大学博士(農学)。昭和36年(株)博報堂入社。農業分野の広報及びマーケティング企画、プロジェクト等を長年担当。平成8年定年退職。現在福岡県立大学非常勤講師(マスコミュニケーション論)。著書、農業関連紙・誌への連載多数。