提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


信州発 “農”と言える日本人 【28】

2011年08月02日

雑な草?

        高見澤勇太


また今年も、草との戦いの季節がやってきた。
毎年、野菜の成長が早くなると、同時期に草の成長も早くなり、草退治のすきを突かれ、野菜を追い越し、草畑に変身してしまう。


人間の世界では畑に生える草のことを『雑草』と呼ぶが、彼らにとっては迷惑な呼ばれ方かもしれない。
実際に同じ草でも、野山に自生していれば山野草とよばれ、邪魔者あつかいはされない。


草のたくましさ。何度草取りをしても、また次の仲間たちが芽を出す。
同じ種類のものもあれば、季節によって草の種類が変わるものもある。
一見しただけでは種がどこにあるのか分からなくても、必ず2番手、3番手と芽を出し、後を絶たない。


違った角度から畑を見てみると、まだ作付けをしていない畑に草が生えると、草の勢いで畑の環境が分かる。
草がしっかり生えてこない畑は異常があり、草の色が淡い場所などは肥料分が少ない。


上農は草を見ずして草を取る
中農は草を見て草を取る
下農は草を見ても草を取らない
という言葉がある


上農の意味は「先を見る目があり、草を見る前に草が生えてこない状況にする」といったことだろう。

この言葉をもっと広い意味でとらえれば
「上農はどんな場面にあっても先を見る目を持ち、これから起こりうる事態の対処方法が分かる」
たぶん農業に関することだけではなく、人が生きて行く上でもこれができればパーフェクトな人生が送れるのであろう。


自分はと考えれば、どうも中農か下農に属すると思われる。
何かが起こってから「さあ、どうしよう?」と考える。
考えても答えが出ないと「まあ、どうにかなるさ」と開き直る。

自分が『草を取る人』になろうと思うと、うまくいかずいきづまる。
自分が『草になれば』何度でも再チャレンジができる。


今回“雑草”と言わず“草”と表記してきたのは、
今回ぐらいは、畑に生える“草さん”に雑な草と言わずにいたかったから。

みなさん、たまには草に敬称を付けて呼んでみてはいかがでしょうか。


ちなみに今回の写真に写っているのは
アカザちゃんと
シロザくんでした。

たかみざわ ゆうた

1964年長野県生まれ 北佐久農業高校卒業後、すぐに家業である農家の後を継ぐ。長野県農業士協会会長(07・08年)、野菜ソムリエながの代表(08・09年) 、南牧村議会議員(07年~11年)。座右の銘は「ゆるく・楽しく・美しく」