提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


みどりの食べ歩き・出会い旅 【15】

2010年05月24日

大都会にある農園レストランは、いろんなことを考えさせてくれる

         榊田 みどり


杉農園のレストラン本館 大阪府枚方市といえば、人口約41万人の京都・大阪間のベッドタウン。今や農地はほとんど残っていない。しかし、その都会のど真ん中で、5haという広大な農地で農業を続けながら、農園レストランまで経営しているひとがいる。杉農園を経営する野島五兵衛さんだ。
 まずは、風情のあるレストランの美しさを見てほしい(写真右)。1981年、京都の造り酒屋が廃業したときに、その酒蔵をそっくり譲り受け、移築したもの。木造三階建ての日本建築は、今やなかなかお目にかかれない代物だ。


レストラン客室 実は、この酒蔵を移築する以前は、手作りの小さなレストランがあっただけで、酒蔵は、そこに増築された形になっている。
 左の写真は、「おやじとふたり作った、思い出深い部屋」と野島さんが話す部屋。今も客室として使われているが、「これが手作り?」と驚くほど趣のある立派な造りだ。


 料理は、農園内で栽培された食材をメインにした農園料理。農園から摘んできた木の葉や果実を器に使う彩りの美しい料理は、“素朴な農家料理”の域を超えている。本館レストランは完全予約制なので、もっと気軽に農園料理を楽しみたいひとは、03年に新設されたテラスハウスで、農園料理バイキング「農園の煮しめ」を味わえる。

本館レストランの農園料理 本館もテラスハウスも、窓からは農園の四季折々の風景が楽しめる。初夏には真っ赤なぐみの実やビワの実が目を楽しませる。秋には柿が色づき、ぶどうが実り、水田には黄金色の稲穂がたれる。花菖蒲やあやめなどの花々、レンコンを収穫する蓮池、タケノコが芽を出す竹林やタラの木まであり、農園というよりは、風変わりな日本庭園のような空間なのだ。しかも、ロバやウサギなどの小動物までいて、訪れるひとを楽しませている。


 この“日本庭園”、実は、野島さんが就農した1971年当時は、ジャガイモや大根を量産する、ごく普通の畑だったという。野島さんが30年以上かけて、まるで庭師のように四季の風景を考えながら、今の農園を作りあげてきた。 

03年に新たに建てられたテラスハウス 「農園の視察に来たひとから、『どこに農場があるんですか』と、よく聞かれるんや。そのときには、『ここは、農場ではなくて、“農耕の園”なんです』と答えます」
と野島さん。“農耕”と“農業”、どうちがうのか? 
 「農耕とは本来、自ら種をまき、耕し、それを育てて食するという営みすべてを包括するもの。それが、“農業”という産業に分化してからは、いかに多くの金銭を得るかや効率だけに重点が置かれるようになった。農家にとって、農園は仕事の場と同時に生活の場や。いのちを育てる過程に、おのずと教育が生まれ、花が咲き実が実る風景が情操を育む。収穫したものをどう蓄え食するかという食文化も生まれる。それが、“農耕の園”の姿や」


テラスハウスの農園料理バイキング 野島さんが大学を卒業した70年代初頭、すでに枚方市は都市化の波に晒されていた。その枚方市で、どんな農業ができるのか。大学時代、とことん考えた野島さんが出した結論は、「農産物というモノだけの出荷では展望はない。消費者の心を満たす農業を目指そう。モノは輸入できても、農地空間は輸入できない」。
 それが、今の“農耕の園”構想につながる。大反対する父親を説得し、大学を卒業する頃には、現在の農園の青写真を作り上げていた。ポイントは、「都市化すればするほど値打ちの出る農業」「周囲から、ここにあってほしいと願われる農業」、そして、「園内で生産から販売までを完結できる農業」の3点だった。


 「たとえば、春にツクシが2本、顔を出したとき、たった2本を市場に出すことはできない。ところが、ツクシを乗せた押し寿司を作って、菜の花の漬け物でも添えれば、立派な料理素材の価値がある。自分が描いている農業を成り立たせるには、農園で加工・調理して、その場で販売する形を作るしかないと思った」
と、野島さんは以前、話してくれたことがある。

農園の有機物循環の要、ロバ 訪れる客を楽しませているロバの存在にも、ちゃんと意味がある。ロバの糞が堆肥になり、農園の作物を育てているのだ。つまり、農園内の有機物循環の要が、ロバなのである。

 本館のコース料理は、最低でも4000円。それでも、多くの固定ファンが、このレストランを訪れる。この土地ならではの季節感と、風土に根付いた食文化があり、なによりも、おいしい。価格競争の中で、「どうやってコストを削るか」ばかりがテーマになり、安いけれど寒々しい料理が増える昨今、こんなレストランだって、ちゃんと生きているのだ。


 世界中、どこにいっても同じ味のファストフードを否定するつもりはないが、そんなグローバルの味に負けて、風土に根付いた食文化や味が消えていくのは、悔しい。杉農園の料理をいただくと、いつも、「食べる」ことの意味、そして日本の農業や食文化の価値を、改めて考えさせられる。

野島さんの「野」の字は「田又」の下に「土」


写真 上から順番に

●杉農園のレストラン本館。
今の建築基準法では木造3階建ては建設不可なので、この風情ある建物も、古民家移築だからこその希少価値

●野島さんが最初に手がけた、手作りのレストラン客室。
“百姓は百の生業をこなす”という言葉を思い出すほど、立派な造りだ

●本館レストランの農園料理。
お膳は、酒を搾るときに使う木槽。酒蔵とともに造り酒屋から譲り受けたものだ

●03年に新たに建てられたテラスハウス。
実は屋根はビニールで、店内にはブドウ棚がある農業施設。「窓のあるハウスを作っていかんとは、誰も言っとらんやろ」と野島さん。なるほど

●テラスハウスの農園料理バイキング。
豆腐も国産大豆から店内で作っているため、おから料理も登場する

●農園の有機物循環の要、ロバ。
「目がかわいくて」惚れ込んで飼い始めたのがきっかけ。ロバにエサをあげながらロバとの交流を楽しむ親子も多い

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さかきだ みどり

1960年秋田県生まれ。東大仏文科卒。学生時代から農村現場を歩き、消費者団体勤務を経て90年よりフリージャーナリスト。農業・食・環境問題をテーマに、一般誌、農業誌などで執筆。農政ジャーナリストの会幹事。日本農業賞特別部門「食の架け橋賞」審査員。共著に『安ければそれでいいのか?!』(コモンズ)『雪印100株運動』(創森社)など。