提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


みどりの食べ歩き・出会い旅 【11】

2009年09月14日

食卓自給率7割!の農家民宿

         榊田 みどり


 新潟県阿賀野市の笹神地区(旧笹神村)といえば、有機農業運動の草分けのひとつとして、知る人ぞ知る米産地。バブル期の1988年、竹下政権下で全国の市町村に交付された、あの「ふるさと創生資金」の1億円を、「ゆうきの里づくり」のための堆肥センター建設に投じたと聞いたときには驚いた。


「ゆうきの里宣言」の看板が立つ旧笹神村  ふるさと創生資金で建てられた堆肥センター
左 :「ゆうきの里宣言」の看板が立つ旧笹神村 / 右 :ふるさと創生資金で建てられた堆肥センター


 その旧笹神村に、昨年、「オリザささかみ自然塾」という農家民宿が誕生した。経営主は、かつてJAの営農指導員として、旧村の減農薬運動を推進してきた中心人物、Iさんだ。


 「生まれたときからヘソが横についていた、天性のへそ曲がり」と本人が言うように、確かに、決して愛想のいいほうではなく、ぶっきらぼうで、ズケズケと本音を言うが、妙に茶目っ気があり、人を惹き付けてやまない不思議な魅力を持つオジサンである。

笹神村の水田風景 Iさん自身、JA勤務の傍ら、9年前から有機栽培での米づくりを続けてきた兼業農家だった。「有機栽培は、やればやるほど片手間ではできない」と、定年まで5年を残してJAを退職し、晴れて専業農家になったのが、昨年のこと。今では、初夏、ホタルの舞う季節になると、夫婦で缶ビールを片手に出かけ、あぜ道でホタルを眺めながら晩酌を楽しむのが日課になったという。
右 : 笹神村の水田風景


 「オリザささかみ自然塾」は、ただの民宿ではない。名前からして「自然塾」である。「笹神に来たからには汗をかいてもらう」がIさんのモットー。この宿に泊まるひとは、ほとんどが農作業に勤しむことを前提にしているらしい。

 なにしろ旧笹神村を管内にするJAささかみは、首都圏の生協、パルシステムと30年来の提携の歴史を持つ。笹神やIさんに惚れ込み、何度も足を運んでいる“笹神フリーク”とも呼ぶべき都市住民が少なくない。そんな人々とともに、Iさんは5年前から、山間部の耕作放棄地の復田作業を進めている。


Iさん自ら建立した糸蚯蚓神社。地元の神主さんが、趣旨に共鳴してオリジナルの祝詞をあげてくれたという 今年5月、『本来農業のへ道』という単行本のルポ取材のために、「夢の谷ファーム」と名付けられたその場所を訪れた。旧笹神村を訪れたのは、2回目である。

 農業機械が入らないほど小さい田んぼや変形した田んぼが、見事に蘇っていた。新緑の中で苗が風になびき、近くではIさんの飼っているヤギが駆け回り、畦草を食べていた。しかも、小さな神社まで立っている。なんと、Iさん自身が建てた神社で、「糸蚯蚓(みみず)神社」という。有機栽培を続けるうち、荒れた土壌を修復してくれるイトミミズの存在の偉大さに気づいたのだという。

 「ミミズは英語でEarth Warm。地球の虫でしょう。僕もかつては、化学肥料や農薬をバンバン使えと指導していたけれど、そうやって傷ついた土を、イトミミズが修復してくれているんです」
左 :Iさん自ら建立した糸蚯蚓神社。地元の神主さんが、趣旨に共鳴してオリジナルの祝詞をあげてくれたという


 オリザささかみ自然塾の食卓には、I家で自給している食材が数多く並ぶ。米や野菜はもちろん、平飼いしているニワトリの卵、牛乳の代わりにヤギの乳もある。味噌や納豆は、もちろん、大豆から有機栽培で自ら生産している。春には裏山に自生する山菜やタケノコが並ぶ。
 これがI家の日常的な食事で、“食卓自給率”は、なんと7割くらいになっているという。「ただの自給率ではなく、有機栽培での自給率です」とIさんは、さりげなく釘を刺す。


 ある資料によると、1950年には約7割あった農家の食卓自給率は、1999年には約1割にまで低下している。これは、農村の食生活も、都市部の消費者とほとんど変わらない状況にあることを意味している。生産品目を地域ごとに特化して産地化を進め、現金収入を増やし、生産していない多くの食品は、稼いだ現金で購入する。戦後農政のなかで、農村の生活スタイルも消費生活に大きく転換した。


オリザささかみ自然塾。ダイニングの入り口には、まるでインテリアのように、採卵したばかりの卵が置かれていた  オリザささかみ自然塾の朝食。山菜料理がたっぷり登場した夕食を撮影し忘れたのが残念!
左 :オリザささかみ自然塾。ダイニングの入り口には、まるでインテリアのように、採卵したばかりの卵が置かれていた / 
右 : オリザささかみ自然塾の朝食。山菜料理がたっぷり登場した夕食を撮影し忘れたのが残念!

 しかし、高度成長期を過ぎ、気候や風土に適した旬の味が見直され始めた今、「自給できる」という農家の強みと食卓の豊かさは、改めて見直されるべき時代ではないか。
 夕食では山菜料理に舌鼓を打ち、朝食では搾りたてのヤギの乳や産みたての卵を味わい、おいしい味噌汁とごはんをいただきながら、そんな思いに浸った。


 旧笹神村の取り組みをまとめたルポを執筆した『本来農業への道』は、10月、(有)コモンズから発刊予定だ。旧笹神村をはじめ、農業の新たな息吹を感じたい方に、読んでいただければ幸いである。


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さかきだ みどり

1960年秋田県生まれ。東大仏文科卒。学生時代から農村現場を歩き、消費者団体勤務を経て90年よりフリージャーナリスト。農業・食・環境問題をテーマに、一般誌、農業誌などで執筆。農政ジャーナリストの会幹事。日本農業賞特別部門「食の架け橋賞」審査員。共著に『安ければそれでいいのか?!』(コモンズ)『雪印100株運動』(創森社)など。