提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


みどりの食べ歩き・出会い旅 【9】

2009年06月16日

京都・大原は“世界に誇れる観光農村”を目指す!

         榊田 みどり


 「京都、大原、三千院…」と聞けば、50歳以上のひとなら、すぐに、デュークエイセスのヒット曲「女ひとり」を思い浮かべるのではなかろうか。この曲が発売されたのは、1965年。私はまだ5歳だったけれど、それでも、この曲はよく覚えている。よほどのロング・ヒットだったにちがいない。

 実は、この「女ひとり」の大ヒットと、その7年後に放映され、高視聴率を記録したNHK大河ドラマ「新・平家物語」が、大原を大きく変えたというから、メディアの力はすごい。


交流拠点として誕生した「大原里の駅」 もともと大原は、中世以来、京の都にひっそりと寄り添うよう山里。純粋な農村地域だった。その大原に、一大観光ブームを起こしたのが、「女ひとり」と「新・平家物語」。歌詞に歌われた三千院や、平清盛の娘・建礼門院が、平家滅亡後に庵を結んだ寂光院に、観光客がどっと押し寄せ、その結果、民宿経営を始める農家が登場し、農地は土産もの屋や駐車場になり、純農村の姿は大きく変貌した。


 当時、住民の多くが、脱農村・観光都市化を望んでいたのは、まちがいない。ところが、実は10年前から、大原は再び静かな変化を遂げ始めている。これ以上の都市化を求めず、農業を軸に、農村としての景観を蘇らせることで観光客を呼び込もうと、新たな“里づくり”に乗り出したのだ。

 「大原ふれあい朝市」が始まり、いつの間にか、そこは京都の料理人や錦市場の人々が集まる場所になった。シソ畑の広がるかつての田園風景も蘇り始めた。寂しい休耕地の風景が徐々に減っていった。


「花むらさき」のおかあさんたちが作る餅製品は、素朴な中に京の雅を感じさせる 2004年に約30haの農地が「農振農用地指定」を受けたと聞いた時には、本当にびっくりした。「農振農用地」とは、「農業振興のための農地」のこと。この指定を受けるということは、農地を宅地などに転用したり売却したりせず、農地は農地のまま維持しながら「これ以上の都市化は求めません」と宣言するようなものなのだ。大原の人たちのすごい結束力を見た気がした。


 昨年5月には、“里づくり”の核となる交流拠点施設として、直売所やレストランを備えた「里の駅大原」が誕生した。直売所には、野菜や手作り味噌などのほか、地元のおかあさんたちが結成した「花むらさき」の作る餅製品などが並ぶ。地元産のもち米に、大原の特産品のシソを練り込んだもの、手摘みしたヨモギを練り込んだものなど、手作り感のある、上品で丁寧な味わいだ。

 この直売所を運営しているのは、(株)アグリビジネス21という。直売所運営のために設立された会社だ。なんと、同社の株を1株5万円で有志に購入してもらい、集まった約3500万円を、直売所の建設費用にあてた。まさに、“地域の、地域による、地域のための会社”だ。


量産はできなくても、品質はいいと、料理人さんたちにも人気の「旬菜市場」 それにしても、どうして「都市化よりも農村景観」だったのか。背景には、観光ブームが去った後に訪れた“危機”があった。
 大原は、歴史的風土保存地区と風致地区に指定されているため、住宅建設の規制は厳しい。ところが、病院や老人健康保険施設などは規制の対象外。そのため、90年代後半には、三千院のすぐそばにさえ、マンションのような大型建設の計画が持ち上がった。


 大原の景観を守るためには、農地を守らなければならない。しかし、もともと山間部だけに、生産量をまとめて市場出荷するような産地化は難しい。耕作放棄地が増えていく現状に危機感を持った定年帰農者たちが「大原農業クラブ」を発足し、集落座談会を通じて地域のひとびととの話し合いを進めた。

 観光産業のためにも、生活空間としての景観を維持するためにも、農地を守りながらの“里づくり”が必要という声に、自治会も動き出し、地域の総意として「京都大原里づくり協会」が発足したのは、2001年のことだ。

  里の駅のそばに広がるシソ畑。かつての美しい大原の田園風景が蘇りつつある

 今、大原が目指しているのは、「世界に誇れる観光農村」だという。「これ以上の都市化を求めない」という大原の宣言は、すでに人口減少に向かい始めた今の日本で、今後、都市が今以上に拡大する可能性は低いという、冷静な状況分析の上に立った判断でもある。

 農地を不動産価値のある試算として見るか、農家の仕事場として見るかという議論は、いつも、本音と建前が複雑に絡んだ議論になりがちだ。しかし、農地の持つ価値や意味は、良くも悪くも、すでに大きく変わっているのではないか。大原の選択は、さまざまなことを私たちに問いかけているような気がする。


写真 上から順番に
●交流拠点として誕生した「大原里の駅」
●「花むらさき」のおかあさんたちが作る餅製品は、素朴な中に京の雅を感じさせる
●量産はできなくても、品質はいいと、料理人さんたちにも人気の「旬菜市場」
●里の駅のそばに広がるシソ畑。かつての美しい大原の田園風景が蘇りつつある


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さかきだ みどり

1960年秋田県生まれ。東大仏文科卒。学生時代から農村現場を歩き、消費者団体勤務を経て90年よりフリージャーナリスト。農業・食・環境問題をテーマに、一般誌、農業誌などで執筆。農政ジャーナリストの会幹事。日本農業賞特別部門「食の架け橋賞」審査員。共著に『安ければそれでいいのか?!』(コモンズ)『雪印100株運動』(創森社)など。