提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


みどりの食べ歩き・出会い旅 【8】

2009年05月20日

水俣の甘夏とバレンシア・オレンジの誘惑

         榊田 みどり


 代表的なスペイン料理のひとつ、パエリア。その本格的な味を堪能できる、とっておきのレストランが、熊本県水俣市にある。
不知火海を見渡す高台にあるレストラン「バレンシア館」
 といっても、市街地のレストランではない。湯の児温泉に近い不知火海を臨む高台にある、甘夏畑の広がる観光農園「スペイン村」。その中に建てられた農園レストラン「バレンシア館」のメイン料理が、パエリアなのだ。魚介類やコメはもちろん、玉ねぎ、サフランまで、食材はほぼすべて地元産だ。

 なぜ水俣市で「スペイン」なのか。なぜパエリアなのか。その背景には、長い物語がある。


 スペイン村を開設したのは、地元で福田農場ワイナリーを経営する果樹農家の福田興次さん。1968年、熊本県下で初めて、観光農園を開いた人物だ。国土交通省が認定する「観光カリスマ」のひとりとして、ご存知の方もいると思う。

地元食材で作られるパエリアは、本場の味!


 福田家は、もともと農家ではない。福田さんのご両親が、「花が咲いて果実が実り、みんながお弁当を持って遊びに来られるような場所を」と、戦後、不知火海を見渡す高台の松林を開墾しながら1本1本、みかんの木を植えて農園を作り上げた。

 幼い頃から開墾を手伝い、両親の夢を知っていた福田さんは、大学卒業後、故郷に戻って農園を継ぐと、農園を観光型に整備して、みかん狩りに着手。甘夏ジュースやジャムなど、加工品も次々と商品化した。


 実は、福田さんを商品開発へと突き動かした原動力は、水俣病だったという。東京で大学生活を過ごした頃、すでに「水俣」の名は、公害病が発生した町として日本中に知れ渡っていた。
「地域の名前が病名になるというのは大変なことです。マイナスのイメージを変えるには、全国に新しいイメージを発信するしかない。甘夏を武器に、新しい水俣のイメージを発信できないかと思った」と福田さんは語ってくれたことがある。

福田農場が最初に手がけた加工品、100%ストレート甘夏ジュース


 スペインと出会ったのも、加工品開発を通してだった。甘夏を使ったワインを商品化しようと試行錯誤するうち、スペインの果実酒「サングリア」を知ったのだ。「甘夏サングリア」を商品化した福田さんは、これをきっかけにスペインに興味を持つ。スペインのバレンシア地方はバレンシアオレンジの発祥地。甘夏の産地、水俣が学べることがあると感じたからだ。


 さっそくスペインに飛んだ福田さんにとって、バレンシア地方への来訪は、その後の農業経営に大きな転機をもたらす。オレンジの存在だけでなく、バレンシア地方の風土そのものが、水俣にとてもよく似ていたのだ。

 地中海に面し、オレンジの街路樹に彩られた町は、海の幸に恵まれているだけでなく、米の産地でもあった。一方の水俣市も不知火海に面し、甘夏というオレンジ、米、魚介類、玉ねぎの産地でもある。サフランも水俣の特産品だ。

 パエリアは、地元でとれる米と魚介類、玉ねぎ、にんにくを炒め、サフランを加えて炊き上げるバレンシア地方の郷土料理だった。「バレンシアの明るいイメージを、水俣の地域再生に生かしたい」と福田さんは考えた。それがスペイン村構想を生み、地中海風のレストラン建設と、水俣の食材を使った本場仕込みのパエリア誕生につながっている。


水俣は全国屈指の甘夏産地(生産者グループ「きばる」の樹園地にて)  水俣市には、今まで4度、訪れたことがある。「“ないものねだり”ではなく、“あるものさがし”から始めよう」と、地域おこしのため地域資源を発掘する「地元学」を提唱し、実践してきた吉本哲郎さん。「地元学」の実践から「村丸ごと生活博物館」という村ぐるみのエコツアーを始めた水俣市頭石(かぐめいし)地区のみなさん。

 そして、不知火海が汚染され、海から陸に上がらざるを得なかった漁師たちが甘夏農家になり、「自分たちが加害者にならないために」と、減農薬栽培に取り組んできた生産者グループ「きばる」のみなさん。誰もが、水俣病という過去を抱えながら、過去から逃げずに向き合うことで、新たな未来を切り開いていた。


 今、水俣市は環境先進都市と呼ばれている。歴史を振り返れば、明治以来、水俣は産業化の先進地だったからこそ、いち早く公害という洗礼を受けた。とすれば、次に進むべき道は、環境都市の先進地を目指すことだった。

 地元学を提唱する吉本さんが、「マイナスと思われているものも、なにかと組み合わせれば、プラスの地域資源に変わる奇跡も起こる」と話してくれたことがある。水俣市は、まさにそれを実証してきたのだと思う。

レストラン「バレンシア館」からの眺め


 今では新幹線が開通したが、ローカル線の肥薩おれんじ鉄道の車窓から見る不知火海と水俣の町は、いつも本当に美しかった。その穏やかな風景と、過去に起きた悲劇をイメージの中で結び付けるのが難しいほど、美しかった。

 悲しい過去を明るい色に染め変えてきた地元のひとたちの心に触れると、不知火海は、またちがった深みを帯びて見えてくる。そして、その美しい不知火海を眺めながら味わうパエリアは、また格別の味がするのである。


写真 上から順番に
●不知火海を見渡す高台にあるレストラン「バレンシア館」
●地元食材で作られるパエリアは、本場の味!
●福田農場が最初に手がけた加工品、100%ストレート甘夏ジュース
●水俣は全国屈指の甘夏産地(生産者グループ「きばる」の樹園地にて)
●「バレンシア館」からの眺め


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さかきだ みどり

1960年秋田県生まれ。東大仏文科卒。学生時代から農村現場を歩き、消費者団体勤務を経て90年よりフリージャーナリスト。農業・食・環境問題をテーマに、一般誌、農業誌などで執筆。農政ジャーナリストの会幹事。日本農業賞特別部門「食の架け橋賞」審査員。共著に『安ければそれでいいのか?!』(コモンズ)『雪印100株運動』(創森社)など。