提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


みどりの食べ歩き・出会い旅 【5】

2009年02月16日

フグの本場・下関は、クジラの町でもある!

     榊田 みどり
 

 この1カ月は、いつも以上に魅力的な食材との出会いが多かった。まずは、島根県松江市の料理屋さんで出会った津田かぶ。松江市津田町一帯で生産されている赤かぶで、大正5年から宮中献上品となった伝統野菜。このぬか漬が実においしかった。

津田かぶ漬

 思わず携帯で写真を撮っていたら、店に連れて行ってくださったJA島根中央会の方が、宅急便で送ってくださった。さっそく、食にうるさい友人ふたりにも宅急便でお裾分けしたが、実に好評。いつまでも残っていてほしい味である。


 もうひとつは、静岡県磐田市で出会ったJA遠州中央の「潮菜(シオーナ)」。こちらは、デビューしたばかりのニューフェイスだ。植物名は、アイスプラント。なるほど、葉の表面が、キラキラと氷滴のような結晶状の粒で覆われている。

 最初にアイスプラントを商品化したのは佐賀県だそうである。アフリカ原産の植物だが、土壌の塩分を吸収する除塩機能があるため、佐賀大学農学部が、有明海沿岸の塩害対策として利用できないかと注目したのが、導入のきっかけらしい。

アイスプラントーー潮菜

 ところが、食べてみるとなかなかおいしい。いっそ特産品にしようと栽培研究が始まり、06年に商品化された。こちらは、「プッチーナ」、「クリスタルリーフ」などの商品名で販売されているようだ。
 結晶のように見えるのは、吸収した塩分をため込んだ細胞だとか。なるほど、食べるとほのかに塩味がする。独特のシャキシャキ感もあり、フランス料理ではサラダ素材として注目されている。


 前置きが長くなった。今回は、山口県下関市の話である。下関といえばフグ。水揚げ高が全国の8割を占めるという本場だ。ちなみに、現地では「フグ」ではなく「フク」と呼ぶ。


 ただし、今回はあまりにも有名なフクの話ではない。翌日、下関市の農林水産部長さんにお会いしたら、名刺には、フクと並んで、なんとクジラのイラストが描かれていたのだ。「クジラ…ですか?」と思わず聞いてしまった。「はい、下関は遠洋漁業の基地でしたから」との返答に、あっそうか、と納得した。

 下関は、あのマルハ(現マルハニチロ)が、明治時代から本拠地としていた町なのだ。かつては林兼商店といい、マルハの「ハ」は、林兼商店時代の商号を受け継いだものだ。今も、下関駅前には、鉄筋3階建ての旧本社ビルが残っている。なんと建設されたのは、1936(昭和11)年。この時代に鉄筋建なのだから、その繁栄、推して知るべしである。


 この年、国産第一号の捕鯨母船「日新丸」の建造に成功した林兼商店は、南氷洋捕鯨に日本で初めて出漁している。その後、遠洋漁業会社「大洋漁業」として全国に知られる大企業となった。下関は、日本の近代捕鯨発祥の地であり、遠洋漁業の繁栄とともに造船業の拠点としても栄えた港町なのだ。

高杉晋作が奇兵隊を決起した功山寺

 1977年に200カイリ経済水域が設定されて以降、マルハは総合水産食品会社への道を進み、下関を去った。かつての大洋漁業本社ビルも、現在は使用されていない。しかし、市内には、郷土料理としてクジラ専門店が今も残っている。「下関くじら食文化を守る会」という組織もある。どっこい、下関のクジラ文化は生きているのだ。


 クジラ食に対しては賛否両論あるが、なにしろ明治から続く食文化。乱獲はともかく、食べること自体を一律に否定するのは、いかがなものかと個人的には思う。どの国にも、風土と歴史を背負った食文化はある。

 遠洋漁業が衰退した1970年代は、関門海峡に関門トンネルと関門橋が開通した時期でもある。以前は海運でも陸運でも交通の要所だった下関は、「通過点になってしまい、さびれる一方です」と、地元の方々は言う。とはいえ、今も、県庁所在地を凌ぐ県内トップの人口を誇る都市である。

 高杉晋作が奇兵隊を決起した功山寺、平家滅亡の地となった壇ノ浦、宮本武蔵と佐々木小次郎の決戦の場となった巌流島など、数々の歴史の舞台を抱える下関には、まだまだ潜在的なパワーが秘められていると感じた。


写真 上から順番に
「津田かぶ漬」 
細長いかぶの形から、別名「勾玉漬」ともいわれる津田かぶ漬。届いたばかりのときは、もっときれいな紫色だった。しっかりした歯ざわりで、甘味がある。お茶漬けにも酒の肴にもおいしい

「アイスプラント--潮菜」
JA遠州中央では「潮菜」と書いて「シオーナ」と読ませるアイスプラント。試してみたが、サラダだけでなく、炒めてもシャキシャキ感が消えず、面白い食感が楽しめた

「関門橋」
下関と九州の門司市を結ぶ関門橋。夜にはライトアップされ、海岸線の町灯りと関門橋が織りなす美しい風景が楽しめる。思わず携帯カメラで撮影。ちゃんとカメラを持っていくべきだった… 

「功山寺」
高杉晋作が奇兵隊を決起した「功山寺」パンフレット

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さかきだ みどり

1960年秋田県生まれ。東大仏文科卒。学生時代から農村現場を歩き、消費者団体勤務を経て90年よりフリージャーナリスト。農業・食・環境問題をテーマに、一般誌、農業誌などで執筆。農政ジャーナリストの会幹事。日本農業賞特別部門「食の架け橋賞」審査員。共著に『安ければそれでいいのか?!』(コモンズ)『雪印100株運動』(創森社)など。