提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


みどりの食べ歩き・出会い旅 【4】

2009年01月09日

塩がなくても漬物ができる?!

     榊田 みどり
 

  新年を迎え、みなさん、いかがお過ごしだろうか。さて、春の七草に登場する「すずな(かぶ)」「すずしろ(大根)」にならい、今回は、前回の大根に続いてかぶの話題を。

大滝赤かぶ。葉が大きく、カブはきれいな赤紫で、少し長円形に近い形をしている。


 昨年、塩も使わずに漬ける、伝統的なかぶの漬物と初めて対面を果たした。その名を「すんき漬」という。以前から「木曽地方には、塩も使わずに漬けて乳酸発酵させる、不思議な漬物がある。しかも、発酵のタネに使うのは、前年に漬けた漬物を乾燥保存しておいたもの」と聞き、「塩なしで漬物ができるの?」と興味をそそられていた。


 私がその「すんき漬」と対面したのは、木曽御嶽山の山麓にある長野県大滝村だった。村の中心部でも標高900m以上という、全国でも屈指の高冷地。林野率が9割以上で、農業より林業と観光が基幹産業の山村である。
 大滝村には、300年以上の歴史を誇る赤かぶ、「大滝かぶ」がある。赤かぶといえば、飛騨かぶ、庄内地方の温海かぶなどが有名だが、実は木曽地方には、大滝かぶをはじめ、木曾町開田高原の開田かぶ、同町三岳の三岳黒瀬かぶ、木祖村の細島かぶなど、地区ごとといっていいほど、実に近い場所なのにそれぞれに特徴のちがう在来種の赤かぶが、あちこちにある。


山と積まれたかぶの葉。さっと熱湯にくぐらせてから漬け込む

 どの赤かぶも、もともと自家採種しながら、それぞれの家庭が自給用に育てていたというが、高齢化と過疎化の中で生産が激減。2003年、歴史ある木曽赤かぶの生産と食文化を復活・継承しようと、赤かぶ産地の生産者グループを中心に「木曾赤かぶネット」が結成され、在来種復活に向けて動き出した。
 大滝村で結成された「大滝かぶ研究会」も、この赤かぶネットに参加し、自家採種でばらつきのあった大滝赤かぶの品種を固定。「大滝甘かぶら」というブランド名をつけた昨年から、研究会の活動をJA木曽女性部大滝支部が引き継ぎ、今度は甘酢漬などの商品開発にも取り組み始めている。


 さて、すんき漬である。これは、かぶの葉だけを使った漬物だ。大滝村を訪れた翌朝、JA女性部の方たちが、ちょうどすんきを漬け込むというので、見せてもらった。行ってみると、ぐらぐらとお湯の煮立った大鍋の横に、大滝かぶの葉が山のように積まれていた。この葉を10秒くらいサッと熱湯で湯どおしして雑菌を殺し、ビニール袋で覆ったすんき専用樽に漬ける。これも、すんき漬用以外の雑菌が入らないようにとの配慮だ。


 漬けるとき、ゆでた葉と、昨年漬けたすんき漬の葉を交互に積み重ねていくところがミソだ。この古いすんき漬に付着している乳酸菌が、発酵のタネになる。漬け終わると重石を乗せ、素早くビニールを手早くとじて密閉状態にし、数十日置くと出来上がりだそうだ。以前は、前年漬けたものを乾燥保存しておいたそうだが、冷凍技術が発達した今は、冷凍保存しておいた昨年の漬物をタネに使うひとも多いという。この乳酸菌は山ぶどうなどの実にも付着しているため、かつてはその実をとってきてすりつぶし、搾り汁をタネに使ったともいわれている。

すんき漬は、塩をはじめ調味料は一切使わず、昨年のすんき漬をタネに乳酸発酵させるだけ。新しい葉と古い葉の割合は「だいたい2対1」にして漬け込むそうだ。

 ちなみに、「すんき」という珍しい名前はどこからきたのか。由来は定かではないが、芭蕉一門の連句会で「木曾の酢茎に春もくれつつ」という連句が登場するため、もともとは「酢茎」が原型ではないかと言われている。「酢茎」といえば、あの有名な京都・上賀茂特産の「スグキ」がルーツかと思いきや、地元の人たちは「ちがう」という。

 東京に戻って、以前からお世話になっている京都大学助教のO先生に確認してみた。京都のスグキに惚れこんで10年来調べているツワモノである。「僕も一時期、両者の関係を疑って調べてみましたが…」というO先生の結論も、「どちらも、かぶの糖分を利用して乳酸発酵させたものですが、製法は全然ちがいます」だった。


 まず、京都のスグキは、漬物の名であるのと同時に白かぶの名前でもあり、木曽赤かぶとは遺伝的にも交雑がない。なにより、スグキは、葉と根を切り離さず、かぶをまるごと生のままたっぷりの塩で漬けこみ、加温することで、特別にタネを加えなくても乳酸発酵が自然に進むという。
 葉を茹でてから、前年の漬物をタネに乳酸発酵させるすんきとは、なるほど製法が全く異なる。ちなみに、京都のスグキには「酢茎」ではなく「酸茎」という漢字をあてることが多いのだそうだ。

泊まった宿の夕食には、すんき漬と一緒に赤カブ漬も登場。葉と実のそろい踏みだ。ちなみに、赤カブ漬は、皮の色素だけでこれだけきれいに染まる。着色料は一切使わず、酢、塩、砂糖だけで漬けている。


 山に囲まれた木曽地方では、かつて、塩はなかなか入手できない貴重品だった。「そこから、こういう漬物が生まれたと言われているんです」と地元の方たちが教えてくれた。塩を使わなければ雑菌が繁殖しやすい。しかし、冬は氷点下になる木曽地方の気候が、雑菌の繁殖を防いでいる。聞けば聞くほど、風土が生んだ味だ。

 大滝村は、スキー場の債務などがかさみ、財政再建団体への転落危機にある。大滝かぶは、財政危機に陥った村をなんとかしようとする地元のひとびとにとって、地域活性化の起爆剤のひとつになりうる「たからもの」にもなっている。すんき漬は、赤かぶの甘酢漬とともに、村のひとたちの思いも込められた味でもあるのだ。


写真 上から順番に
●大滝赤かぶ。葉が大きく、カブはきれいな赤紫で、少し長円形に近い形をしている。

●山と積まれたかぶの葉。さっと熱湯にくぐらせてから漬け込む

●すんき漬は、塩をはじめ調味料は一切使わず、昨年のすんき漬をタネに乳酸発酵させるだけ。新しい葉と古い葉の割合は「だいたい2対1」にして漬け込むそうだ。

●泊まった宿の夕食には、すんき漬と一緒に赤カブ漬も登場。葉と実のそろい踏みだ。ちなみに、赤カブ漬は、皮の色素だけでこれだけきれいに染まる。着色料は一切使わず、酢、塩、砂糖だけで漬けている。


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さかきだ みどり

1960年秋田県生まれ。東大仏文科卒。学生時代から農村現場を歩き、消費者団体勤務を経て90年よりフリージャーナリスト。農業・食・環境問題をテーマに、一般誌、農業誌などで執筆。農政ジャーナリストの会幹事。日本農業賞特別部門「食の架け橋賞」審査員。共著に『安ければそれでいいのか?!』(コモンズ)『雪印100株運動』(創森社)など。