提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


きょうも田畑でムシ話【42】

2016年09月08日

知られざる魅惑の虫――ハチ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 庭で小さな畑を始めたら、思ってもみない虫たちが集まってきた。せっかく実ったトマトの1果ずつにしがみついて汁を吸い続けるカメムシの群れはあまりうれしくないが、怖い半面、頼もしく思えるのがハチである。
右 :体に花粉をいっぱいつけたハチ。こういう姿を見ると、菜園家のひとりとして感謝したくなる


tanimoto42_0.jpg 一畠まんまと蜂に住まれけり   一茶


 ここまでいくとまたまたおっかない感じもするのだが、あたり一面にハチがいる光景は悪くない。
 ずっと前から、ハチだらけの地面というものが見たいと願ってきた。そしてありがたいことに、そのチャンスがとうとうやってきた。
 「ニッポンハナダカバチが巣をつくっているよ。早めにおいで」
 知人からの誘いである。

 この一風変わった名前は、鼻が高いハチという印象から命名したものらしいが、テングチョウのようなものを想像するとがっかりする。上唇部が三角形で、それが前の方につきだしている感じだ。


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左 :ハナダカバチの名前のもとになった〝鼻〟は確かに高い。でも、それほどでもないよなあ
右 :テングチョウの「パルピ」と呼ばれる器官はこんなにも長い。だから天狗を連想したのだろう


 それよりも興味深いのは、アブやハエを狩って幼虫の巣に運ぶという愛情たっぷりの行動だ。似たような習性を持つ狩りバチは、ほかにもいる。だが、このハチの場合には、「えさを用意したんだから、あとは自力で生きていくのよ。わかったわね」とでも言うように、大きなえさに卵を産みつけたらサヨウナラというハチとはちょっとちがう。何度もえさを運ぶのだ。
 好むのは砂地のような乾燥した土地で、わが地元ともいえる房総半島の海岸にも生息すると聞いていた。それなら一度、出かけてみるかなあと思っていたところでもあった。
 

tanimoto42_2.jpg ちょっとした用事があったためすぐには出られなかったが、営巣している場面はなんとか見られた。
 「あらあ。わざわざ見に来たの?」
 初めて見るニッポンハナダカバチは、そんなアイコンタクトを送るなかなかの美麗種だった。
 体長2センチほどで、青みがかったクリーム色のしま模様。
 土や砂をかきだすのに便利なように、前あしはくるんと曲がっている。ちょっとしたスコップの代わりになる機能的なあしだ。
 複眼であることはほかのハチと同じだが、全体から受ける印象は心なしか艶っぽい。ひとことで言って、好感度の高いハチだ。
 生息地が減ったせいで、このごろは数を減らしている。絶滅が心配されるハチのリストにも載るだけに、今回見られたのはじつにラッキーなことである。
右 :ニッポンハナダカバチ。見れば見るほど美しいハチだ


 案内してもらったのは半人工的ともいえる場所で、環境を維持するために毎年、土の天地返しをしている。そのおかげで数年前から姿を見せるようになったようだという。ピーク時は1平方メートル当たり5、6カ所の巣穴が確認できたというが、ぼくが出かけたときにはそれほど多くはなかった。
 見ていると頭を穴につっこむようにして、器用に穴を掘る。30cmほど掘り進み、その中に複数の幼虫をすまわせるとみられている。
 特異な形をした前あしでせっせと砂粒を後ろへ後ろへとかきだし、穴に入ったかと思うとまた出てきて、砂をかきだす。まさに休みなしの働きだ。
 とはいっても子どもの世話をするのはメスだけで、オスはかかわらない。巣を離れるときには入り口をふさぐが、間違いなく自分の巣に戻ってくるところは立派としかいいようがない。


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左 :ハナダカバチの生息地。砂地のような場所で草もあまり生えていないところを好む
右 :懸命に穴を掘るニッポンハナダカバチ


 ――いいなあ、いいなあ。
 しばらく眺めていたが、突然の雨に見舞われ、つかの間の出会いはそれまでとなった。
 ――あんなハチに居ついてほしいよなあ。
 と願っても、なかなか難しい。だが、畑づくりにいくらか力を入れたせいか、数種のハチが、わが家を訪ねてくれるようにはなっている。


 ぼくにとって、どうにも手に負えない虫がトンボやハチ、アリである。苦手意識がぬぐえない。なぜかという明確な理由はないのだが、こうして書き並べてみると、目玉がやたらと大きいことも影響しているかもしれないと思えてきた。
 その中のひとつであるハチだから、名前を調べても自信を持って告げられるものがないのだが、見た目で判断する限り、アシナガバチ、ジガバチ、スズメバチ、アブラバチ、ミツバチ、ハバチ、チュウレンジバチ、マルハナバチなどの仲間がやってくる。
 これは喜ぶべきことだ。なにしろ、害虫退治や授粉に一役買っていることは間違いないからである。


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左 :肉団子の形を整えているアシナガバチ
右 :チュウレンジバチの幼虫。独特のスタイルを持つ個性派だ


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左 :わが家の菜園でよく見かけるアブラバチ
右 :アブラバチが寄生したアブラムシはこんなふうにハリボテ状態になる


 こうなったら、もっとご招待すべきではないか。
 単純なぼくの頭はそう判断した。ここですぐに行動を起こせばハチにも評価されるのだろうが、「よし、今度の週末に」と思っていると雨が降って先延ばしになり、「ではその次に」と覚悟を決めると、何かしら用事ができて、またまた順延。そんなこんなで計画倒れになることも多いのだが、まずはヨシを刈り取ってきて、束ね、軒先にでもひっかけて、コツノツツハナバチ(マメコバチ)でも呼び寄せたい。
 集団行動をとるハチは基本的に苦手だが、ドロバチのような芸術家の仕事には常々、敬意を払っている。左官屋さんのように泥をこね、何の器具も使わずに、計画通り(たぶん)の巣をつくり上げる。まさに偉業だ、偉大な仕事だ。
 

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左 :リンゴ園などで授粉に大活躍するコツノツツハナバチ。マメコバチと呼ばれることも多い
右 :ドロバチの仲間の巣。彼らはまさに、自然界の左官屋さんだ


 どうしてもわが手で探し出したいと思っているのが、カタツムリの殻を巣にするマイマイツツハナバチだ。研究者が飼育しているものを見せてもらったことはあるが、その奇妙な習性を自分の目で確かめないことにはすばらしさが十分に理解できない。


tanimoto42_13.jpg と思ってこれまでも野山を歩くたびに「カタツムリやーい!」「アンタの殻は、どこぞにありませんかいのう」などと探し回るのだが、なかなかご縁をいただけない。
 そもそも、カタツムリ自体が減っている。だからその空き家を求めるのもなかなか大変だが、木の葉の裏や幹で休むものはときどき見かける。その木の下にはきっと、殻も転がっているにちがいない。
右 :カタツムリの殻を巣にとして利用するマイマイツツハナバチ。野外でなんとかして見てみたいハチのひとつだ


 そんな推測のもと、もっぱら下を向いて歩くくせがついた。
 わが菜園を歩いていても、同じように下を見る。と、なんと、ハチが転がっていた。クマバチだ。
 元気がないようにみえたので、とりあえずは写真を撮り、踏んづけられないように脇によけておいた。


tanimoto42_17.jpg ところがそのクマバチは、あくる日もその場にいた。また写真を撮る。ところがそのまた次の日もいたので、再び、写真を撮る。
左 :わが家に滞在していたクマバチ。よく見ると愛らしいハチだ


 ――ははあ、ここが気に入ったのだな。いつまでいてもいいぞ。
 とテレパシーを送ったが、通じたのかどうか。
 その翌日にはまったく動かなくなっていた。居住の許可を与えた手前、どこかに持っていくことはできない。それにしてもなぜ、何日も同じ場所にとどまっていたのだろう。
 いまは、ぼくの机のそばでじっとしている。もう二度と、空を飛ぶことはないのだが......。
 ハチにはわからないことが多すぎる。


たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。