提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


きょうも田畑でムシ話【38】

2016年05月11日

トキにしたくない里のチョウ――オオムラサキ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 日本の国鳥が何なのか答えられない人が増えている。なにしろトキが目立ちすぎて、国を代表する鳥はもちろんトキだろうと信じて疑わない人が多い。そんな人たちに、「1万円札にも採用されている鳥だよ」とでも言えば、思い出してくれるだろうか。

 答えはいうまでもなく、キジである。念のため確かめようとしたのだが、これが意外にも難航した。あの図案の札が、財布にないのである。

 現物にあまり縁がなかったのはともかく、ぼくがデザインの一部として親しんできた1万円紙幣D号券のキジは1984年からの発行で、福沢諭吉の裏面に刷られていた。ところが2004年以降発行のE号券には、平等院鳳凰堂の鳳凰像が載る。これが現在の主流となっている1万円札だ。キジの時には雌雄が描かれていたのだが、鳳凰は単独でおさまっているのも生き物好きには気になる。


 かの国民的むかし話「桃太郎」にもキジは登場し、犬、猿とともに主人公・桃太郎の脇をかためる。山里に行けばいまでもケーンケーンと鋭い鳴き声が聞こえてくるが、ぼくの財布の中においでと誘っても、まさにけんもほろろ。実につれない。この「けん」も「ほろろ」もキジの鳴き声や、羽を打ち鳴らす母衣(ほろ)打ちが語源とされている。 


tanimoto37_0.jpg ついでに言うと、「焼け野のきぎす」とたとえられる「きぎす」こそわれらがキジであり、野原が焼ける大事に至ってもその場から逃げることなく子を守る母親の鑑とたたえられる。だが実際のキジは、そうでもないようだ。夫婦仲が良いことを表す「鴛鴦の契り」も現実世界のオシドリの行動とは異なる。どちらもどうやら、つくられた美談みたいなものだから、これ以上深入りするのはよそう。


 前置き・脱線が過ぎた。話を戻すと、国鳥でさえさびしい認識なのだから、国蝶がオオムラサキであることはキジ以上に知られていない。それはそうだろう、日本昆虫学会が1957年に決めたもので、国会で承認されたわけでもない。
 「国を代表する蝶? それとわれわれの生活と、何か関係あるの?」
 ごもっとも。都道府県の鳥や木が何であれ、給料や小遣いが増えることはない。しかしそうしたシンボルがあると思うだけで心に潤いが感じられるなら、十分なご利益ではないかとぼくは思う。
右 :のんべえ仲間と一緒のオオムラサキ。あまりにもできすぎたショットであるのは人工的な展示だからだ


 ひとに話す際に気をつけたいのは、オオムラサキが蝶の名であるとはっきり言うことだ。そうでないと、公園や道路の中央分離帯で見かけるツツジのオオムラサキをイメージする人がいる。オオムラサキがオオムラサキの花のみつを吸いにいくとしたら余計にややこしくなるが、のんべえのオオムラサキが好むのは樹液だ。


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左 :オオムラサキツツジ。単に「オオムラサキ」と呼ぶことも多く、一般にはこちらの方が有名?
中 :樹液に集まったオオムラサキ
右 :メロンに集まってきたオオムラサキ。本来は樹液に集まるチョウなので、発酵臭がするくらいがいいようだ


 国蝶・オオムラサキの飛翔は力強く、そのはねのきらめきはどんな宝石にも負けない。だが、蝶の成虫はまず捕らないから、標本も持っていない。
 ところが、である。なんと、道端に転がるはねを拾ったことはあるのだ。
 どこぞにオモロイ虫はおらんかいな、とふらふら歩いていたら、おやまあ目の前に、キラリンコと輝くものがあるではないか。そよと吹いた風がその存在を知らせてくれた。
 コムラサキのはねを見つけたこともある。死んでカラカラに乾燥したふん虫を拾ったこともある。そうやってふだんから目の鍛練をしていたからこそ、国蝶のパーツの一部とはいえ、わが掌中におさまったのであろう。かつての偉容をしのぶカケラは、ぼくの心をばなぐさめてくれたのである。


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左 :拾ったオオムラサキのはねを拡大撮影してみた。美しい!
右 :こちらは行き倒れたコムラサキのはね


 オオムラサキの幼虫がえさにする食樹はエノキだ。冬には幼虫のまま、その落ち葉にしがみついて眠る。蝶を愛する思いから出会いを求めるのか、あわよくば羽化させて標本にしたいがためなのか判別しにくいが、とにかくオオムラサキの幼虫を手にしたいと願う者たちがいることは否めない。そのため彼らはこぞって、落ち葉めくりに精を出す。 まるで平安時代から伝わる貝合わせやトランプ遊びの「神経衰弱」のようである。

 だからといって、幼虫の張り付く葉っぱが2枚そろわないと何にもならない、なーんてことはない。1匹でも見つかれば、まずは勝ちゲーム。残りの落ち葉は野菜畑の堆肥にされることもなく、その場に置き去りにされる。
 大量のエノキの落ち葉にしがみつく幼虫がその場にまだ隠れているとしても、たいていは手ごろなところでやめてしまう。木枯らしをものともせずに落ち葉めくりをするコレクターなら、すでに何匹もの標本を所有しているに相違ないからである。


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左から オオムラサキの卵、幼虫、さなぎ


 ちょっとだけまぎらわしいのは、その落ち葉の中には、よく似た虫があと2種いることだ。
 ゴマダラチョウとアカボシゴマダラである。前者は由緒正しき国産の蝶なのだが、オオムラサキに比べるといささか地味な意匠だ。後者はいわゆる外来種で、知らない間にどんどん増えている。
 ナメクジのような幼虫たちを見て瞬時に見分けられる眼力の持ち主ならともかく、素人にはちょっと見、どれも同じだ。背中の突起の数で区別すればいいのだが、見慣れないとそれさえもかなわない。ましてや、そういつも見つかる幼虫ではない。


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左 :ゴマダラチョウの幼虫  / 右 :人工飼育していたアカボシゴマダラの羽化


 山梨県の長坂(北杜市長坂町)といえば、古くから知られたオオムラサキの里である。そしてそこには「北杜市オオムラサキセンター」なる施設ができ、虫好きならずとも、観光ついでに寄ってみましたという客でけっこうにぎわう。センター内の観察ドームに植わるエノキを見てまわれば、そこに1匹、あちらに1匹と、目が慣れるにつれて次々と幼虫が見つかる。ちょっとだけ見てみたいという向きには実に便利なところである。


 ぼくがよく通う地元・千葉県内にもオオムラキのすむ林があるのだが、実際に目撃したことはない。「いた、いた」とにんまりして調べてみると、ゴマダラチョウだったりする。だから観光用であっても、じかにオオムラキが見られる施設があるのはいいことだ。なにしろ、国蝶なのである。
 沖縄に行くとオオゴマダラが観光施設で見られるし、本州にあるいくつかの昆虫館でもほかの南方系の蝶とともにふわふわと舞う。一緒に記念撮影することも簡単だ。
 それに比べると、オオムラキが見られるところは珍しい。このセンターでは幼虫に「ムーちゃん」の愛称を付けている。


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左 :オオゴマダラは、多くの昆虫園が集客の目玉にしている
右 :北杜市オオムラサキセンターにいたオオムラサキの幼虫。「ムーちゃん」の愛称で親しまれているらしい


 里山からエノキが消えたわけではない。それなのにオオムラサキは環境省のレッドリストにも載り、絶滅が心配されている。
 それは、なぜだろう。外来種のアカボシゴマダラが増えているというのにどうして、本家本元のオオムラサキが減っているのだろうか。

tanimoto37_13.jpg その理由として植生や農作業の変化、農薬の影響などが指摘されるが、つまりは幼虫のえさになるエノキがあっても、成虫が好む樹液の出る木が少なくなってかなわんわー、ということらしい。里山という言葉はよく浸透したが、その一方で、虫たちが子孫を残せる里山の環境が減っているということでもある。
 農家だけが頑張っても虫は守れない。それどころか、農業を継続しようとすればするほど農薬と縁が切りにくくなる。
右 :ある施設にあったオオムラサキのさなぎ置き場(?)。これだけ集めて展示するところは珍しい


 国鳥と勘違いされるトキは純国産種ではなくなったものの、種としてはまた増えつつある。オオムラサキがレッドリストに載ったとはいえ、絶滅したわけではない。心配される段階なのだから、いまならまだ間に合うはずだ。そのための国蝶ではないかと思いたい。
 オオムラサキをシンボルにして、その他大勢の生きもののことをもっと考えんとあかんなあ。
 ――などと思いながら、とりあえず虫との出会いを求めてぶらぶら散歩を続けている。


たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。