提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


きょうも田畑でムシ話【32】

2015年11月09日

「螻蚓」なんて返上したい――ケラ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


  ある昼下がり。なんとはなしに、キモい生き物の話になった。

tanimoto32_1.jpg 「やっぱりアレだよなあ、ゲジゲジ。あしはやたらと長いし、細いし、どうみたって毒たっぷり持ってますぜ、といった雰囲気だもんな」
 「頭をなめられると、ハゲるってよ」
 「そもそも、ゲジゲジって名前がいやらしいよな」

 そんな会話がしばらく続いた。言いたいことがいくらもあったが、ぼくは黙って聞いていた。
 物言わぬ彼らの弁護をすれば、かみつくことはなく、ヒトが困るほどの毒もない。ハゲをもたらす魔力などもちろん、持っているはずもない。それどころか、ゴキブリなどを食べてくれるのだから、むしろ人間の役に立っている益虫なのである。
右 :もしかしたら嫌われ度・誤解度ナンバー1かもしれないゲジ。ゴキブリだってやっつけるのに


 それはともかく、なるほどなあと思ったのはその呼び名だった。
 多くの人が「ゲジゲジ」と言うが、標準和名はゲジである。関西では同じ言葉を繰り返す習慣があるようだから、もしかしたらゲジは西からやってきて勢力範囲を広めたのかもしれない。


tanimoto32_2.jpg なーんて、なんの根拠もなく、決めつけたくなる。
 観点は少しちがうが、ケラもまた、同じように不思議な虫だ。習性はさておき、「オケラ」という呼称が当たり前に流布している。
左 :愛きょうたっぷりのケラ。だれだって好きになる虫だろう


 日本が世界に誇るカイコには、「お」と「さん」を付ける。漢字を使って「お蚕さん」と表記することも多い。動植物名は片仮名で表すのが一般的だが、こうやって仮名と漢字をまぜて書く場合には成虫のカイコガではなく幼虫を指すことぐらい、子どもでも知っている。いやはやなんとも、日本語はむずかしい。


tanimoto32_3.jpg ケラについていえば、「ケラケラ」と言わないだけ良しとすべきか。それではあまりにもばかにしたように聞こえる。
 だったら、「オケラ」なら許されるかというと、怒る人はいないにしても勘違いする人はいる。オケラという、れっきとした標準和名を持つ植物が存在するからである。

 山菜に興味があれば、「山でうまいはオケラにトトキ」ということばを耳にしたことがあろう。トトキというのはツリガネニンジンの若芽に用いる山菜名である。オケラとともに、山菜の王様とか女王と呼ばれることもある。
右 :植物にだってオケラはある。標準和名だけに、ケラよりも堂々としている


 で、ケラである。
 ケラは、「五能」の昆虫としてつとに有名だ。走り、飛び、土を掘り、泳ぐことも、鳴くこともできる。人間でいえば超人的な能力を持つのがケラである。したがってカイコのように敬称を付けて呼んでもいいように思うのだが、場面を無視して「オケラ」と言うと植物に間違われるのは前述の通りである。


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左 :正面から見たケラ。昆虫界のひょうきん者であり、「五能」の主だ
右 :道路で見つけたケラ。ここではさすがに、穴は掘れまい


 5つの特殊技能も、時には邪魔になる。裏を返せば、どっちつかずということになるからだ。器用貧乏を意味する「オケラの七つ芸」「ケラ芸」というたとえは、現代でも生きている。
 さらにはミミズと並べて「螻蚓(ろういん)」、アリと連ねて「螻蟻(ろうぎ)」とも書き、取るに足らない、つまらん奴だと軽蔑する。自分の名前がそんな風に使われていると知ったら、いくら地下生活を送り世間知らずのケラだって、烈火のごとく怒りだすにちがいない。


 まだある。
 「ギャンブルがすぎて、一文なしになっちまった。まったくのオケラだよう」などと泣きのせりふにも使われるのがケラだ。本来なら賞賛されるべき能力なのに、きわめて不当な扱いをされているのがケラの真実なのである。

 あれこれ並べてみたが、ケラの最大の特徴はあの前あしだろう。だれが見たって、モグラそっくりだ。英語でも「モグラコオロギ」を意味する語を当てている。


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左 :モグラの手はまさにシャベル。ケラにそっくりだ
右 :これはエンマコオロギ。「モグラコオロギ」の英名を持つケラだが、似ているかな?


 体のわりに巨大なケラの前あしは、実にパワフルだ。人間の閉じた指など何するものぞとばかりに、ぐいぐいぐいとこじ開けようとする。その感触が楽しいだけに、子どものころは見つけるたびに遊んでもらった。
 ケラが一文なしのたとえに使われるようになったのは、あの前あしを広げるポーズからだ。お手上げを意味する万歳ポーズをとる格好に見えるためだが、むかしの男の子たちがおちんちんの大きさを尋ねる遊びに使っていたのもその前あしだから面白い。


tanimoto32_7.jpg モグラの主なえさは、ミミズだという。器用にしごいて土を押しだし、その上で食べるのだと聞いたことがある。そしてその時にミミズが断末魔の叫び声を上げるわけでもないのだが、昔から、「ミミズが鳴くというが、本当はケラが鳴いているのだよ」といわれてきた。
 ケラは、雌雄ともに鳴く。コオロギの仲間なのに雌も発音できるなんて、これまた優れた能力だ。昆虫学者によると、雄は哀調を帯びた声でビーッと鳴き、雌はチッという音を出すという。この場合のチッというのは、脅しの声になるらしい。
右 :「ミミズが鳴く」というのはケラの鳴き声の聞き間違いだといわれるが、本当にそうか?


 その鳴き声が聞こえるあたりを掘ってみたら、ミミズが出てきた。きっと幾度となく、あるいは何人も同じような体験をしたことから、ミミズの鳴き声の主はケラだとされるようになってきたのではないかと、ぼくは推測する。
 でも、本当か? それを確かめようとしたことがある。


tanimoto32_8.jpg  湿らせたミズゴケを入れた水槽にケラとミミズを放り込み、さあ鳴け、早く真相を教えてくれと念じながら飼育した。しかしついに、真偽を確かめることはできなかった。ミミズを食べるときに歓喜の声を上げるも良し、食われるミミズの泣き声もまた良しと考えたのだが、そのもくろみは音もなくついえた。
左 :必死で土を掘るケラ。得意技のひとつだ


 それにしても感心するのは、ミズゴケでケラを飼うという技である。だれの着想なのか知るよしもないが、土ではないところがすばらしい。落花生でカメムシを飼育することを思いついた人と同じくらい、尊敬に値する。
 実はいまも、ケラを飼っている。時期もあるのか、鳴き声はまだ聞けない。でも、かつての遊び相手だったケラが身近にいるというだけで、十分に幸せだ。


tanimoto32_9.jpg 子どものころは田んぼのあぜをほじくると、よく見つかった。卵からかえったばかりの幼虫も、うじゃうじゃいた。黒光りするふ化幼虫の体には、幼いながらパワーを感じたものである。
 それなのに最近は、とんと見かけない。田起こしを終えて水を張った田んぼで泳ぐところをたまに見るが、子ども時代の頻度とは比べものにならない。
右 :子どものころはこんな田んぼでよくケラの幼虫を見た


 どうしてもケラが欲しくて、友人に頼んで送ってもらったこともある。いわく、「コンビニの明かりによく集まるよ。特に○○の店舗にね」。ケラがその系列の店を気に入っているのかどうかは、いまだに謎である。


tanimoto32_10.jpg たしか東北地方だったが、「ケラの作り方講習会が開かれた」というニュースもあった。耳にしたときには「ん?」と思ったのだが、ケラとはどうやら、わらで編む蓑のことらしい。現代風にいえば雨合羽、レインコートであり、荷物を背負う際の背当てにもなる。それがなぜ「ケラ」になるのかよく分からないが、漢字では「毛羅」と書くと知って、なんとなく、合点がいった。「羅」とくれば「一張羅」が連想できるように、着物を意味する。
左 :わらで編んだみのを、ケラと呼ぶ地域もある。漢字では「毛羅」と書くようだが......


 「羅」はもともと、鳥や小さなけものを捕るための網を指すことばだったという。それが次第に目の粗い絹織物の一種に使われるようになり、俗に「薄ぎぬ」などと呼ぶようになった。
 ふーむ。どうやら昆虫のケラとは関係がないようだ。


tanimoto32_11.jpg だがしかし、ケラを見る機会が減れば、ケラと結びつけて疑問に思うこともなくなるだろう。だから決して、「ケラ芸」などとさげすんではいけないのである、と手の中のほじほじ感覚をヨロコビのひとつにしているぼくは思うのだった。
右 :手の中で"ほじほじ行動"をみせるケラの感触は、一度味わえば忘れない

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。