提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


きょうも田畑でムシ話【31】

2015年10月16日

蠱惑のミステリー・ブルー――カンタン  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 夏野菜も、シーズンの終わりを迎えた。
 近所の真面目な菜園家はさっさとニガウリやトマトのつるを取り込み、次の野菜苗を植えたり種をまいたりしている。

 わが家は毎年、ぎりぎりまで収穫する。日当たりが悪いせいか、夏の盛りでも熟すまでに時間がかかる。この時期は、なおさらだ。青いミニトマトに赤みがさすのを、じーっと待つしかないのである。
 青いまま収穫した場合にはジャムやピクルス、炒めものに利用するのだが、家族の評判はいまひとつ、よろしくない。青いトマトがうまく調理できたら菜園家を名乗る資格も得られようが、いかんせん、何年たっても上達しない。まさにブルーな気分に陥ってしまうのである。


tanimoto31_2.jpg  tanimoto31_1.jpg
左 :まだ青いミニトマト。太陽の光を浴びても、なかなか赤くならない季節になった
右 :ついに2階にまで登りつめたニガウリだが、そろそろシーズン終了だ


 そんな中、 「むむむ。ちょっと待てよ」と思ったのは、つい先日のことだ。青い色から連想した「ブルー」という言葉だが、よく考えたら「ブルー・トマト」と言う人はまずいない。
 色で言うなら、「グリーン」が「青い」を意味する。モンシロチョウの幼虫は何の疑問も抱かずに「青虫」と呼びならわし、信号機の色も赤・青・黄の3色ととらえるのが一般的であろう。ブルーの青信号があるにしても、わが家のまわりで見るのは緑信号がいまも主流となっている。

 青果物なら、「青」イコール「緑」と考える。「青野菜」「青もの」と呼びならわし、「青リンゴ」の説明も特に必要ない。日本人は古来、緑色のものを「青」とみる習慣がある。まさに、ミステリー・ブルーとでも言いたい不思議な色が、菜園やその周辺にはごろごろしているのだ。


tanimoto31_4.jpg  tanimoto31_3.jpg
左 :モンシロチョウの幼虫は「青虫」と呼びならわしてきた。ブルーではないのにね
右 :小松菜のような葉物野菜は「青菜」と呼ぶ


 ミステリアスな青がひとの心を惑わす。いわば、蠱惑(こわく)である。
 それにしても蠱惑とはこれまたなんと、官能的な文字であることよ。「虫」が3匹もまじっている!
 そう思った瞬間、青虫など足元にも及ばぬ青い虫が脳みそに飛び込んできた。カンタンだ。
 ハギの花が気になるころ、ぼくは無性に、カンタンに会いたくなる。ところが自然環境の変化は想像以上に早く、前の年にあった場所へ出かけると、めざすハギはおろか、青草という青草がその場から消えているなんてことも珍しくない。
 「青草がないなんて、あほくさ!」
 などとオヤジギャグを飛ばしている余裕さえない。そうした土地がどんどん増えている。


 カンタンはずっと、「鳴く虫の女王」と呼ばれてきた。世の中には「カンタンの声を聴く会」といった催しもあるが、そうした会が存在すること自体、カンタンが減っていることを意味するようで哀しくなる。ちなみに、「女王」といっても、鳴くのはほかの多くの虫と同じようにオスである。


tanimoto31_13.jpg ぼくにとってカンタンは長いこと、憧れの鳴く虫だった。鳴く虫がもともと好きであり、スズムシ、マツムシのような平べったいものには特に心をひかれる。小泉八雲がこよなく愛したクサヒバリも、似たような姿かたちをしている。カンタンもその延長にあり、スリムな体に魅力を感じる。
右 :飼育中のスズムシ。この虫の鳴き声が聴けないと、さびしくて仕方がない


 仙台市に住んでいたころは、少し山に入ると鳴き声が聴けた。
 「へー、これがカンタンの歌かあ」
 子どもたちがまだ幼かったころ、女王の声を聴かせたくて、しばらく飼ってみた。
 ルルルルル......と長く長く鳴いた。最長で20分ほど鳴いたと記憶しているから、人間でいえば超人的な肺活量の持ち主だ。


tanimoto31_20.jpg 「邯鄲といえばあなた、邯鄲夢の枕というアレでしょうが」
 鳴く虫のカンタンを話題にすると、何人かに一人はこんなふうに言う。

 中国の唐の時代の小説「枕中記」に記された話である。盧生という若者が栄枯盛衰を体験した夢をみるが、気づいてみると眠る前に用意した黄梁(オオアワ)がまだ蒸し上がってもいない、短い時間に過ぎなかった。そこから、人の一生のはかなさをたとえたものだとされている。
左 :カンタンは、人里から少し離れた方が見つけやすい


 邯鄲というのは中国の戦国時代にあった趙国の古都だから、虫とは関係がない。それがなぜ、鳴く虫のカンタンにつながったのか。門外漢にはなんともチンプンカンプンの話ではある。
 「そんなの簡単。邯鄲とカンタンの音が同じだからでしょうが」
 とこれまた、知ったかぶり氏がのたまう。こうなってはもう、ぼくのオヤジギャグと同格だ。
 日本では「カンタンギス」と呼んだ時代もあり、それは「カンタンのギス」を縮めた言葉だとされる。「ギス」は、キリギリスだろう。


tanimoto31_6.jpg 江戸時代にはキリギリスとコオロギが現代とは逆に呼ばれたそうだから、キリギリスをとりあえず「鳴く虫」くらいに認識すれば、「邯鄲の鳴く虫」となる。眠りを誘うような長く単調な音色がカンタンの鳴き声の特徴だから、それから邯鄲の夢の故事を連想してもあながち的外れとは言えまい。
右 :キリギリスも青い虫だろう。この個体は茶が強いが、もっと緑色がかったものも多い

 だが、そんなコーショーな話はどうでもいい。ぼくはただ、青草のごときカンタンが好きなのだ。ここはひとつ、風流を気取ってみよう。


 散歩がてら、近くの公園をぶらついた。
 と――。いたのである。かつてよく見たカンタンが。
 こんなに簡単に見つかってしまっていいのかというほど、簡単に見つかった。寒いギャグの連発である。
 首からぶら下げていたカメラを構え、クズの葉かげで鳴くカンタンを撮影する。
 「これだ、これこれ......」
 リッ、リッ、リッと元気よく鳴いている。暖地であるせいか、千葉のカンタンの鳴き声は短音で勢いがある。


 ――ん? なんか違わないか?
 どこか違和感がある。そういえば、以前撮ったカンタンのおなかには黒い模様があったような気がする。それになにより、あの鳴き方とは異なる音色のように思えてきた。
 その直感は正しかった。家に戻って調べると、どうやらヒロバネカンタンのようだ。イナゴにハネナガイナゴ、コバネイナゴがいるように、カンタンも数種いるのだった。


tanimoto31_9.jpg  tanimoto31_18.jpg  
左 :クズの葉にとまって鳴くヒロバネカンタン
右 :腹黒い性格でもないだろうが、カンタンなら黒いストライプが見える


 ヒロバネカンタンを見るのは初めてである。せっかくだから、もう少し観察したい。
 声を頼りに目を凝らすと、あっちでもこっちでも見つかった。雌もいる。カップルを捕らえて、100円ショップで買った水槽に入れた。


tanimoto31_11.jpg  tanimoto31_12.jpg
左 :ヒロバネカンタンのオス(上)とメス
右 :よーく見ると、おしりの先に精球がくっついている


 ほどなくして見せてくれたのが、〝誘惑腺なめなめ〟行動だった。オスの前ばねの付け根にあるハンコック氏腺をメスがなめることで、精子の詰まった精球を渡しやすい態勢になる。コオロギやキリギリスは、こうしたやりとりをするのが一般的だ。ゴキブリの交尾も誘惑腺をなめるところから始まるようだが、それと「鳴く虫の女王」の行動パターンが同じであることを嫌う人も多かろう。したがって、この話はここでやめる。

 カンタンは、千葉県では激減しているらしい。鳴き声にあまり魅力は感じないが、ヒロバネカンタンもカンタン仲間であることに変わりはない。


tanimoto31_22.jpg  tanimoto31_19.jpg
左 :昔なじみのカンタンのメス。千葉県では減少しているという
右 :ヒロバネカンタンのメス。ちょっと見ただけではカンタンと区別がつかない


 名前に「青」が使われたマツムシ体形の外来種・アオマツムシにも、似たような思いがある。音量が大きすぎるが、音色はさほど悪くない。大仰なものを敬遠しがちな日本人には嫌われるが、うるさいというならガチャガチャと鳴くクツワムシも同類だ。キリギリスだって、けっこう騒がしい。


tanimoto31_7.jpg  tanimoto31_21.jpg
左 :のんびりとあしの手入れをするアオマツムシ。雑木林が目の前にあるわが家にはよく、やってくる
右 :騒がしいクツワムシだが、野生のものを見る機会は減った


 アオマツムシは完全な樹上生活者であり、産卵も木の枝や樹皮という点では、カンタンと同類である。土の中に産卵するコオロギ、キリギリスと異なり、カンタンはヨモギやキクイモ、セイタカアワダチソウの茎に卵を産む。

 ところが、ぼくがかつて探索の指標にしていたハギに産むことはなく、えさ植物ですらない。それで飼育に失敗した昆虫園の例もある。
 ハギにはアブラムシがつく。カンタンはそれをえさにしていたのだ。幼虫は、どちらかといえば肉食性が強いという。
 「そんな簡単なことも、知らんかったのけ?」
 わが家にお越しいただいたカンタンではないヒロバネカンタンが、リッ、リッ、リッと鳴いた。
 無知なぼくを、まるであざ笑うように聞こえた。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。