提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


きょうも田畑でムシ話【27】

2015年06月12日

地味ながらスゴすぎる掃除屋さん――糞虫  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 庭の芝生をひっぱがして、野菜を植えることにした。ニガウリ、ミニトマト、ナス、トウモロコシ、ピーマン、ツルムラサキ......。狭いところにこんなに植えて育つのかなあという不安はあったが、過去の経験からすると新しい土に植えたものはまあ、なんとか育って収穫できるものである。


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左 :素人が育ててもどうにかなるのがミニトマト。ことしも数株植えてみた
中 :2階のベランダまで占拠したニガウリ。布団が干せなくなっても許しちゃうよ
右 :モロヘイヤ。種だけは食べないように気を付けよう。牛だって中毒症状をみせるらしいからね


 スコップの先端部をザクッと庭に食い込ませ、芝生を四角いブロックに切ってはがしていく。この時期ともなるとさすがに暑いが、汗の粒に比例して新しいわが農地が次第に顔をのぞかせる。
 場所によっては、まさかと思ったミミズがぴんぴん跳ねての登場だ。まさに、大地の腸。栄養分などないようにみえる土の中にまですみついて土を耕してくれるのだから、感謝せずにはいられない。

 驚くのは、コガネムシらしき甲虫の幼虫が芝生の下から次々に現れることだった。カブトムシの幼虫なら感謝もするが、コガネムシではヨロコビも半減だ。

 いやいや、つい当たり前のように「コガネムシ」と書いてしまったが、もしかしたらカナブンの幼虫かもしれない。ぼくにはきちんと見分けるだけの自信がない。


tanimoto27_3.jpg ところが世の中には分かりやすいポイントを教えてくださる方もいて、仰向け状態、水泳でいえば背泳ぎのような格好でずりずり前進したらカナブン、つまりハナムグリ亜科の幼虫だという。そうではなく、多くの虫がするように腹ばいになって移動するなら、コガネムシらしい。これで種の判別という大きな疑問が解けるのだから、「黄金の識別法」とでも呼びたくなる。
右 :地面の下から出てきた芋虫。コガネムシなのかカナブンなのか? 識別に迷ったら、迷わず地面を歩かせよう


 そんな風にして芝生の下から現れる虫たちと戯れながら耕せば、額の汗もひんやり冷や冷や、氷の玉のように感じられる......なーんてことはない。それでも虫たちが、ささやかな畑作業に彩りを添えてくれることは間違いない。
 コガネムシにしろカナブンにしろ、甲虫類の成虫はよろいのようなボディーでひとを惑わす。だからこそカブトムシもクワガタムシも数多くのファンを獲得する偉業をば成し遂げたのである。


tanimoto27_6.jpg その同類に、糞虫がいる。
 たいてい、「ふんちゅう」と読む。
 かつては「くそむし」という表記も目にしたものだが、近年は漢字を混ぜて「ふん虫」と書く人が多いようである。
 長いことなぜ、「くそむし」とさげすまれたのかというと、おそらくはだれもが頭に浮かべる彼らの特異な習性のせいであろう。けものの糞を食べるのだから、人間の常識からすれば異常な行為だ。しかも糞まみれの中で幼虫は産声を上げ、糞を住まいとし、糞をえさにして生活する。ぬか漬けならぬ、糞漬けとはこのことだ。
左 :ウサギの糞。これはこのままコレクションにした


tanimoto27_12.jpg 糞は臭い。カメムシの排出する匂いには芳香を感じとる人もいるようだが、けものの糞を目の前にして、「これはまたかぐわしい。お土産にして持ち帰りたいような良い香りですなあ」と、のたまう人はいまい。色合いからしていかにもいかがわしく、頭の中でご自分の産物とすばやく比較して、アレコレ連想するやもしれぬ。
右 :シカの糞。これに集まる糞虫だってもちろんいるのだ


 もういい。この辺でやめよう。
 といいながら続ける悪いクセがあるのだが、糞虫の研究者がものした本によると、トラップを仕掛ける場合には人間サマのものが一番だとか。しかも、それを実行に移す人もまた多いそうである。
 ご安心いただきたいのは、プチ生物研究家はそこまでの熱心さを持ち合わせていない。だから散歩中のワンちゃんのおしりから出てきたものに目をギラギラさせたり、牛の放牧場でパンケーキのような巨大な糞をほじくったりすることはあっても、自分の財産を研究のために投じようとしたことはない。


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左 :いくら糞虫ファンでも、「牛糞だ。うれしいなあ!」 なんて、人前で喜ぶのは慎むのがいいかもね
右 :「おい、あのオジサン、ウンコいじっているよ」「モー、やーねえ」。なんて、牛たちは言っているのかなあ


 糞虫の行動を見て、嫌悪感を何倍も上回る探求心に変換できた人は立派だ。かのアンリ・ファーブル先生もそうだが、糞虫たちが自然界の偉大な掃除屋さんである事実を世間に広めた功績は大きい。


 分かりやすい牛の牧場を例にとろう。
 牛が排泄する。と、いっとう最初に訪ねてくるのはハエである。ハエという昆虫もまた誤解されることが多いが、巨大糞消失劇の第1幕はハエなくして成り立たない。とにかくハエー(早い)お出ましであり、そのあとで糞に産んだ卵からかえったウジ虫さんたちがうじゃうじゃ、うじうじ、糞を消化していく。

 われらが糞虫たちは、ハエに遅れること半時間、あるいは数日でやってくる。つやつやのヘルメットをかぶった飛行士が生活の場であり仕事場ともなる牛の糞めがけてブーンと飛んでくる光景は感動ものだ。


tanimoto27_4.jpg あらら、糞虫って、空を飛べるの?
 ちらりとでもそう思った方はぜひ、認識を改めてほしい。糞虫がカブトムシ、クワガタムシと同じ甲虫であることを思い出していただけば、納得できるはずだ。ただし、彼らはそれほど優秀なパイロットではない。ブーンと飛んできて、ストーンと落ちる。「そこに石があったから、ストーンだな」などというオチは付かない。着地がへたな分、労を惜しまず、着地後はめざす糞に向かってトコトコ歩いていくのである。まさに愛すべき存在である。
左 :雪隠、つまりトイレに由来する名前を持つ糞虫がセンチコガネだ


 第2幕を飾る糞虫の仕事を完遂するために天の与えたのが、のこぎりの刃のごとくぎざぎざの前あしであり、スコップやへらの役割をする頭部である。崩し、ほぐし、刻み、細かくしたり固めてみたりして、自分たちの役割を果たす。それを見て自然界での意味合いを知れば、観客の多くはやんややんやの大喝采であろう。


 ――とエラソーに語るほど、ぼくは糞虫と親しくない。いまだに野外で、ダイコクコガネという主役級の糞虫に出会ってもいない。やっとこさ、針を刺されたヒョーホンを見せてもらったばかりである。
 ダイコクコガネはこれ以上賞賛しようがないほど輝くよろいでぼくを魅了し、ふふふ、と笑った(ように見えた)。


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左 :あこがれのダイコクコガネ。いまだ野外でのお目通りが叶わない
右 :糞でこしらえたダイコクコガネの育児球 。チョコレートでコーティングしてみたいなあ


 よーしそれなら、なんとしても見つけてやるぞ、と息巻き、スタスタと牧場に出かけたところまではよかった。見つけられなかったら、牛さんのウンチでもお土産にして持ち帰り、ささやかな菜園の滋味としよう、と。
 表面が少し乾いたぐらいがいいらしい。

 ほじほじ。

 姿を見せたのは目指すダイコクコガネ、ではなく、オオフタホシマグソコガネであった。マグソと付くが、牛の糞でも見つかるところがニクいではないか。大黒さまのような黒光りする輝きこそないものの、もう十分に美しい。まさに糞の中の星のごとき逸品であると思った。「糞の中」のイメージが悪ければ、「土の中」と置き換えればいいではないか。いやいやもっと拡大解釈をして、「地上の星」でも良いではないか。


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左 :牧場で見つけたオオフタホシマグソコガネ。まさに黄金。美しい!
右 :庭で見つけたコブマルエンマコガネ 。たまにはこんなうれしい出会いもあるものだ


 わが家の庭ではかつて、コブマルエンマコガネという小さな糞虫を見つけた。その時の感動以来である。
 (ふふふ、この虫をば少しでも長生きさせんとなあ......。)
 さてどうやって養ったものか。それがいま一番の問題である。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。