提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


きょうも田畑でムシ話【26】

2015年05月12日

青春の香りふりまくガーデン・バタフライ――モンシロチョウ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 庭の小松菜に、モンシロチョウの卵があった。春風に誘われたようにふわふわっと飛んできて、プチッと産んだ卵である。多くの蛾のようにびっしり産みつけるのではなく、あくまでも控えめに、一粒ずつ産んで去っていく。その去り際にちらっと振り返るようなしぐさを見せることもあるのが気に入っている。

 「あんな虫でも意外に義理がたいんだよなあ。わが家をよく覚えていてくれるんだ」
 そんな言葉をふと、口にしたことがある。
 「そんなわけないよ。去年のチョウはもう死んだんだろ。だったら、"赤の他人"のチョウじゃないか」


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左 :小さな小松菜に卵を産みつけるモンシロチョウ。さあ、ことしも観察のスタートだ
右 :モンシロチョウの卵。母チョウは場所を選ぶようにして、一粒ずつ産んでいく


 確かにその通りである。反論されると、言い返せない。だれかが先にそういうことを口にすれば、間髪入れずに否定するのはぼくの方だ。
 したがって、どこまでいっても勝手な想像、夢想でしかない。しかし、モンシロチョウという種族は毎年忘れずにやってきて、同じ場所に植えた小松菜の葉っぱに卵を産みつけ、それをえさにして育っていく。そんなことを20年ほど繰り返しているせいか、ついつい、感情移入したくなる。


  理屈はさておき、飼育容器を持ってきて、葉っぱごと、卵を取り込む。それからは食後の観察が日課となる。
 はっきりいって、ぼくは芋虫、毛虫のたぐいが嫌いである。うねうねと動くところが、どうにもいやらしい。気色悪いという方がむしろ当たっている。

 それでもアオスジアゲハ、ジャコウアゲハ、ツマグロヒョウモンなどの幼虫を飼い、ウスタビガやヤママユ、クワコといった蛾の幼虫を育てた。それを何回も経験している。ある時はたまたま声をかけられて飼育することになり、またある時は繭やさなぎの写真を撮りたいがために飼うことにしたものだ。虫嫌いの人からみると解せない行動パターンだろうが、おおげさにいえば天の導きで芋虫、毛虫の世話をするハメになる。


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左 :飼っていたウスタビガの幼虫。奇抜な意匠だ
右 :カイコの原種とされるクワコの幼虫。ふくれっ面がまたかわいい?


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左 :ところどころに銀メッキを施したようなツマグロヒョウモンのさなぎ。飼っていたものだ
右 :羽化したところで放したのだが、わが家のフェンスから離れようとしないツマグロヒョウモン


 そんな中であまり抵抗感のないのがモンシロチョウだ。なにしろ、「青虫」が幼虫なのだから、おそれることもない。気持ち悪くて見ておれん、なんてこともない。なにしろ、もっとも地味な芋虫だ。
 小松菜やキャベツの切れ端を与えておけば、そのうちさなぎになってくれる。そうなればもう、えさの心配をしなくて済む。1カ月もすれば大空に飛び立つのだから、たいした苦労ではない。


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左 :モンシロチョウの幼虫。アップで見ると、愛きょうがある
右 :いろんな生き物を飼ってきた水槽のふたでさなぎになったモンシロチョウ


 思えば、子どものころ初めて身近に置いた虫がモンシロチョウだった。学校のすぐそばにキャベツ畑があり、畑というよりもチョウ園のようになっていた。子どもの目には、モンシロチョウを育てるために畑をつくっているように見えていた。
 放課後には蚊取り線香の空き箱を持ってキャベツ畑に出かけ、目につくさなぎを片っ端から採集する。そしてその日から、まだかまだか、羽化はまだかと胸躍らせながら箱のふたを開ける生活が始まるのだった。

 研究者によると、モンシロチョウも外来種のひとつであるらしい。ひととき話題になったオオモンシロチョウと同じだ。だが、そんなことはどうでもいい。ぼくにとっては、子どものころから慣れ親しんできたチョウの代表種なのである。


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左 :モンシロチョウは子どもたちでもよく知っている。まさに身近なチョウの代表だ
右 :花が咲いたキャベツ畑。チョウにとっては花園のひとつに見えるのだろうな


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左 :モンシロチョウのえさにされたキャベツ。レース状になっている
右 :新たな外来害虫として話題になったオオモンシロチョウの標本。いかにも和風のモンシロチョウも、もとをたどれば外来種だとみられている


 長じて知ったのは、キャベツだけでなくブロッコリー、カリフラワー、ダイコンといったアブラナ科野菜の害虫であることだ。わが家にしても、小松菜を食い荒らす悪い虫である。即刻、退去を申し付けるべき存在である。


 そうはいってもぼくは、小松菜を自分で食べようと思って植えるわけでもない。テントウムシを飼う際のえさになるアブラムシを呼び寄せるトラップであり、そのアブラムシの体を乗っ取って生活する寄生バチのためであり、ナガメというカメムシを観察するための素材である。最初からそうした食用以外の用途に供するための畑なのだから、虫の1匹も寄り付かず、すくすくと育つ結果になるとむしろ、さびしいのである。

 「けしからん。それは野菜農家をグローする言動であるぞ!」
 などと抗議されたら、塩を振られたナメクジのようにしおしおっとなるしかないのであるが、その代わりにいくばくかのお代を払って農家さんの丹精した立派な野菜を食べさせていただくわけだから、寛容をもってお許しいただくことにしよう。


 先日は、さなぎになって動きを止めたモンシロチョウを家に置き去りにして、新緑の美しい公園に出かけた。わが家に移植したはずのウマノスズクサは姿を消したが、その公園ではことしも若々しい葉を広げ、そのまわりをジャコウアゲハが舞っていた。


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左 :ウマノスズクサの葉にとまって産卵するジャコウアゲハ
右 :ジャコウアゲハのオス。じゃ香のにおいがするはずなのだが......
 


 「しめしめ。産卵シーンの写真でも撮るかな」
 と思ってカメラを用意するのだが、目につくのはオスばかり。さればと網を振り、そのうちの1匹をネットインした。
 鼻の近くに引き寄せ、においをかぐ。ジャコウアゲハのオスはじゃ香のにおいがするといわれている。
 くんくんくん――。

 じゃ香といわれても嗅ぎ慣れていない。そこで数日前、カーネーションで予習しておいた。カーネーションの花の香りがじゃ香に似ているといわれるからだった。われながら用意周到である。ふふふ。

 しかし、捕らえたジャコウアゲハのオスから、特別なにおいは感じなかった。その理由のひとつは、ぼくが筋金入りの花粉症患者であり、6月ごろまで鼻が利かないせいもある。


tanimoto26_15.jpg 同じことが、モンシロチョウでもあった。オスはレモンの香りを漂わせると聞いて、それならと試したのであるが、一向に嗅ぎ取れない。

 「それはモンシロチョウの話ではなく、見かけのよく似たスジグロチョウのことだよ」
 と親切に教えてくれる友人もいるのだが、スジグロチョウならずっと以前、レモン香をキャッチした記憶がぼくの脳みそに残っている。
右 :モンシロチョウにそっくりのスジグロシロチョウ。はねにはよく目立つ黒いすじがある 


 はたして、モンシロチョウのオスもレモンの香りを隠し持つのか?
 これだけ親しんでいるはずの庭のチョウなのに、自分自身の結論がいまだに出せない。
 モンシロチョウとの付き合いはもうしばらく続けないといけないようである。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。