提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


きょうも田畑でムシ話【18】

2014年09月09日

成長すればただの虫――アリジゴク  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 ネーミングが商品の売れ行きを左右する例は、ゴマンとある。虫の名前も同じで、似たような例はいくつも存在している。

 たとえば、ナナフシだ。ナナフシという名を持つ種は存在せず、ナナフシモドキが実質的にナナフシのグループを代表する。竹のようにたくさんの節があることを「七節」と表現し、その七節に似た虫ということから、モドキという語を持ち出したようなのである。だからどこかでナナフシの名を耳にしたら、それはナナフシモドキのことだと思っていい。

 そのほかにもトゲナシトゲトゲという、トゲがあるのかないのか迷わせるために名付けたと思いたくなるようなハムシの仲間がいる。もっと身近なところでは「赤トンボ」という赤くなるトンボの総称としての呼び名もあり、いささかの混乱をきたしている。もっとも、虫好きはそれらのネーミングも含めて楽しんでいるフシがあるので、これ以上の例は挙げない。

 反対に、「スパシーボ!」などと、よく知りもしないロシア語なんぞを持ち出し、びっくりマークまで奮発して、「よくぞ名付けてくださいました」と感激しているのが、アリジゴクである。


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左 :「しまった、見つかったか!」。頭の模様が表情たっぷりの顔に見える
右 :この牙を見たら、人間だって一瞬たじろぐ。虫にすれば、怖くてたまない武器に見えるはずだ


 漢字で書くと、「蟻地獄」。この文字は、断末魔の声を上げ、いままさに砂の底に沈んでいこうとしている哀れなアリの姿を想像させる。したがって普通ならこの漢字から虫の名を思い浮かべることはないはずだが、なぜだかたいていは、虫の名前だと伝わる。まさにネーミング大賞を差し上げたいくらいの素晴らしさだ。

tanimoto18_3.jpg しかも多くの人は、巨大な〝牙〟を有したグロテスクなその姿までも知っている。実物を見たことはなくても、図鑑やテレビの生き物紹介番組でひとたび目にすれば、記憶としてしっかりオツムに刻まれるからだろう。アリジゴクは、それほどにインパクトの強い虫である。

 現代人は一般に、成虫の名前を基本にして会話する。したがってアリジゴクなどという俗称ではなく、「ウスバカゲロウの幼虫」と呼ぶべきなのだが、その名前は意外に知名度が低かったりするから面白い。
右 :アリジゴクのなれの果て、つまり成虫はウスバカゲロウだ。幼虫時代のおどろおどろしい面影は失せ、なんとも弱々しい虫になる。しかも注目度はきわめて低い


 こんな風に、全国にあまねく知られた「アリジゴク」にも、かつてはもっと魅力的で変化に富む呼び名があった。あった、と過去形で記すのは、虫の名前さえも標準語、つまり標準和名というものに置き換わってしまったからである。

 それが、日本方言の標準語化に貢献したNHKラジオの副産物だったのかどうかは知らない。いまとなっては墓碑銘にも等しいアリジゴクの地方名だが、「アトジサリ」「グルグルモンジ」「オルスカ」などはまだ、意味合いがそれとなく分かる。後ずさりする習性があり、ぐるぐる回転しながらすり鉢状の巣穴をつくるからだ。すり鉢だけ見ても虫がいるのかいないのか判断できないため、「居るすか?」と問いかけたのだろうということも想像はつく。


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左 :すきさえあれば後ずさりするアリジゴク。昔の子どもはこの様子から「アトジサリ」のような名前を思いついたのだろう
右 :ニアミス! 浜辺のハマダンゴムシとすれ違うが、このときは関心を示さずに通り過ぎた


 ところが、「カーネンド」「テテコマ」「ゲゲロ」ときたら、お手上げだ。方言の研究者ならともかく、素人の手には負えない。
 命名者の多くはもちろん、子どもたちである。アリジゴクがつくるすり鉢にアリンコを落としながら、その行動を見てイメージした言葉を彼らに贈ったにちがいない。


 かなしいかなぼくは、子ども時代にアリジゴクを見たことがない。海を埋め立てた土地で、雑木林すら身近になかったせいもあるが、それにしても家屋の軒下や縁側の下に「蟻地獄」をつくるアリジゴクの1匹ぐらい、いたはずである。虫好きであるこのぼくの目をもごまかしたウラミを晴らさでおくものか、とばかりに、成人したぼくは何度も何匹もアリジゴクをつかまえ、飼ってみた。海岸性のすり鉢をつくらない種類も探しだし、どこにいるのか分からないのに簡単に見つかる不思議に驚いたりもした。


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左 :アリジゴクの巣穴 。雨が当たらない軒下などを探すと見つかる
右 :こうして見ると、アリジゴクの顔は意外にかわいい


 ありがたいことに彼らは、粗食というのか、長い絶食にも耐えてくれる。数カ月飲まず食わずでも生きていられるのは、網を張るクモのように、「ワタシ待つわ、いつまでも」型の忍耐強い虫だからだろうか。
 そしていつしか土の中で繭をこしらえ、時至ればそこから抜け出して大空に舞い上がる。その間の宿賃のつもりか、飼育者にはごま団子を小さくしたような砂粒つきの繭殻を残してくれる。なかなかに義理がたい一面をも併せ持つ虫なのである。


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 アリジゴクは、里山歩きで目にする機会も多い。田んぼわきの切り通しのようなところではたいてい、数個の巣が団地よろしく並んでいる。
 もちろん、ドアはない。空に向けて開いたすり鉢を見ていると、よかったら遊んでいってくださいな、と誘われているような気分になるから不思議だ。しかも、それに応えなければならないように思えてくる。
右 :アリジゴクがつくった土繭。羽化したあとの脱皮殻が穴の中に見えている


 で、草の茎でちょんちょんとつつき、手ごろな木の枝で巣穴を掘り起こす。空き巣もいくつか混じるようだが、うまくしてアリジゴクご本尊が拝めたら、どんな行動をとるのか観察することになる。そして感心するのが、かつてあった豊富な地方名だ。子どもたちの観察力、ネーミング能力の高さには脱帽である。


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左 :海岸の砂地にもアリジゴクの巣穴は多い。あまりの多さにびっくりだ
右 :とりあえず死んだふりを決め込んだようなアリジゴク。しばらくはこのままじっとしている


 子でも孫でもいい。昔の子どもたちに負けない現代的な名前を付けてほしい。なれの果てであるウスバカゲロウを「薄馬鹿下郎」などと勘違いする子でもいい。21世紀に生きる少年・少女らしいネーミングを聞いてみたい。たとえばツマグロオオヨコバイに「バナナ虫」と名付けたような、愉快で親しみやすい名前が待ち遠しい。

 アリジゴクの巣穴を見つけると、なぜだかいつも、その深みにはまってしまうのだ。仏教でいうところの「八大地獄」の8番目、無間(むげん)地獄とはこんなものだろうか。
 あな、おそろしや~。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。