提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


きょうも田畑でムシ話【9】

2013年12月13日

今も昔も田んぼのヒーロー――イナゴ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 収穫を終えた田んぼが、地図記号に見えてしかたがない。小学校の教科書で覚えて以来、針の抜けた剣山のような形が頭から離れようとしないのである。ツンツンとした棒が2本、ヨコ線の上に乗っかっている。あの単純にして明快な記号が気に入っていた。
 ところが近年は、水田もワサビ田も同じ2本線で済ませる。ぼくにとってはそれが、どうにも味気ない。
 もうひとつ気に入らないのが、刈り取ったあとから生える緑色のひこばえだ。あれも、冬枯れの田んぼには似合わない。刈り取った株元が並んでいてこそ、日本の冬である。


tanimoto9_4-2.jpg そんな田んぼの周辺を歩いていて、ことしの命をかろうじてつないでいるイナゴに出逢った。衣を替えた山の景色に合わせたのか、さびた色を身にまとっている。イナゴと双璧をなす秋の風物詩である赤トンボの姿もいまはなく、どことなくさびしい雰囲気が里山に漂う。
右 :生死不明のイナゴ。目を見ると、すでに昇天したような印象を受ける


 ――と、しんみりする気は、さらさらない。
 それどころか、ぼくの目がとらえた古参のイナゴは、北風が吹こうと叫ぼうと、頑張れるだけ頑張って季節の移り変わりを見てやるぞという気概すら感じさせるのであった。


 そんなイナゴでも、あっけなく命を落とすことがある。自然界は無情だ。天敵が多すぎる。ナガコガネグモの網にかかったイナゴが、彼女のネットワークから抜け出すことはまず不可能だろう。
 網の真ん中に陣取るナガコガネグモ嬢は、お尻の糸いぼから糸を噴射してイナゴをぐるぐる巻きにした。イナゴももう、観念したのだろう。あがくこともしていない。


tanimoto9_3-1.jpg  tanimoto9_2.jpg
左 :秋の初めに見かけるイナゴ。あしの筋肉も気のせいか、しっかりしているようだ
右 :イナゴはナガコガネグモの餌食になっていることが多い。よく網にかかるということは、網の出来がいいのか、イナゴがそそっかしいのか......。さて、どちらだろう


 考えてみれば、イナゴの立ち位置はどこかおかしい。イナゴはそもそも、何のために田んぼに入ったのか。
 そうなのだ。イナゴはほぼ間違いなく、水稲害虫の一種として、農家が愛してやまない田んぼに侵入してきたのである。とにもかくにもイナゴは、日本人の主食である米に仇なす悪虫、憎っくき農家の敵なのである。

tanimoto9_7.jpg したがって、クモの網にかかったイナゴを見つけたら、ザマーミロと叫んでも、誰もとがめぬ。それどころか子どもなどは、葉裏に隠れたイナゴをちょいとつまんで、クモの網にわざわざ引っ掛けてやる。自分が襲われると勘違いしたクモが逃げ出そうとしても、まったくおかまいなしにイナゴを差し出す。だがそれが、日本の少年の正しい姿であった。

 あった、と書くのは、現代っ子はまず、そんなことをしないからである。イナゴやクモと遊ぶ暇があったら、塾での勉強かピアノの練習に充てる。イナゴも赤トンボも減少が心配されるが、それ以上に心配なのは野で遊ぶ子どもたちである。
右 :交尾しているイナゴのカップル。虫の世界では、体の大きい方がメスであることが多い


 稲作の歴史は、害虫との闘いの足跡でもあった。なかでも「蝗」は、掟を破って牛の肉を食べた農家に対する罰として神さまが田んぼに放ったものだという認識があった。

 ここでちょいとばかり厄介なのは、「蝗」という文字だ。試しにパソコンで「いなご」と打って変換すると、イナゴと並んでこの漢字も現れる。だからといって、この「蝗」は現代でいうイナゴと同じものではない。

tanimoto9_8.jpg 大蔵永常は文政9年(1826年)に有名な農書『除蝗録(じょこうろく)』を著し、田んぼに油をまき、そこに害虫を払い落とす駆除法を勧めた。その主たる対象は「蝗」だったようだが、もちろん、イナゴを指すわけではない。それよりもむしろ、馬が稲株に脚を引っかけたばかりに死ぬ羽目になった源平合戦の武将・斎藤実盛の化身ともされるウンカの群れを相手にせねばならなかったはずである。

 中国で「蝗」といえば作物の害虫を総称する呼び名だったそうだが、日本ではおそらく、ウンカを中心にしたもろもろの田んぼ害虫を指したのではないか。現代ではイチモンジセセリの幼虫である「イネツトムシ」も、田んぼの重要害虫とされている。
左 :何者かに食べられたイナゴ。体の一部を失っても葉にしがみついている姿がいじらしい

 葉をかじるイナゴは稲の生育に影響を及ぼすが、もみを食べ尽くすという大罪はおかさない。その点ではスズメの害の方がずっと大きい。だからこそ農家はイナゴを根絶やしにするのではなく、出来秋のおまけとして捕獲し、食用にしたのだろう。


tanimoto9_1.jpg  愛知県の知多半島にかつて、「糞立小学校」と呼ばれる学校があった。近くの森にすみ着いたカワウの群れの排出物を肥料として集め、それを売った金で学校を立てたという経緯があるからだ。

 イナゴでも、それと同じようなことが各地で起きた。学童総出でイナゴを捕り、それを佃煮業者に買い取ってもらうことで文房具を手に入れた。イナゴは稲作の仇ではあるが、その一方で多大の利益をもたらす"益虫"でもあったのだ。
右 :イナゴの佃煮 。食用にする虫の中では比較的ポピュラーなものだ

 現代社会ではそうしたイナゴの神通力も消え失せた。地域の特産品として、じいちゃん、ばあちゃんに小遣いをもたらすくらいである。
 最近は昆虫食が広がりをみせ、イナゴの佃煮をトッピングしたパスタも好評だと聞く。それはそうだろう。ゴキブリやクモ、アリを食べるのに比べれば、ずっと抵抗がない。


 佃煮と相場が決まっているイナゴだが、一部では「イナゴみそ」も食べ継がれてきた。とげとげしいあしだけを集めて粉にし、みそとアレンジしたものだ。信州ではかつて、産後の見舞いに持参する習慣があったという。


tanimoto9_5-1.jpg そうくるとぜひ一口なりとも味わってみたいものだが、いかんせん、ことしのイナゴ収穫シーズンは終わった。田んぼまわりの雑草にはイナゴに似たバッタがよくとまっているが、それはツチイナゴであることが多い。寒さをものともせず、成虫のまま冬を越す。
 いやいや、いくらかは耐え忍んでいるのかもしれない。よく見れば、眼の下に涙を流したような跡がある。「ホントだあ!」と感心するのは自由だが、それはもちろん冗談だ。種別の目安にする、ツチイナゴならではの意匠である。
左 :身近なところでイナゴに似た虫が見られたら、ツチイナゴの可能性が高い。涙目が特徴だ。この写真では青っぽく見えている

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。