提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


きょうも田畑でムシ話【6】

2013年09月05日

興味尽きぬジェット・モス――スズメガ  

プチ生物研究家 谷本雄治   

 
 学生時代、仲間と蛾を集めていた。
 最近は昆虫食が注目されているようだが、ぼくらが集めたのはもちろん、佃煮にするためではない。どこにどんな種類がいるのかを調べる分布調査のようなものだった。

 農業現場では害虫をとるフェロモントラップが使われる時代だが、あれには特定の蛾しか寄りつかない。そうでないと困る。ぼくらはブルーブラックの蛍光灯に集まる不特定多数の蛾を対象にしていたから、その数もハンパじゃない。曇って風のない夜ともなれば、一晩で数百匹の蛾がとれて、ウハウハ喜んだものである。


tanimoto6_14.jpg 問題はそれからだ。大量の蛾を標本にしてリストを作ろうというのだから、簡単ではない。ところが悲しいかな、ぼくはそれまで、まともな標本づくりをしたことがなかった。小学校の夏休みに採集したチョウやトンボを、セロファンを張った空き箱におさめた程度だ。それなのにいきなり蛾の標本を作るはめになったのだから、世話はない。
右 :メンガタスズメの成虫標本。色の配置は悪くない


「初心者ってわけか。だったら、デカいやつがいいな」

 あきれ顔の先輩に言われるまま、巨大なスズメガの仲間を中心に展翅することになった。それ以来、ジェット機のような形をしたスズメガには親しみを感じている。


 スズメガは日本に100種近く生息し、そのうちの一部は畑作物の害虫として名を馳せる。俗に「芋虫」と呼ばれ、葉や実をかじるせいで農薬のシャワーを浴びせられる。
 芋虫のおしりには、よく目立つしっぽのような突起がある。英語圏では、「ホーンド・ワーム」と呼びならわしてきた。角の生えた芋虫、というわけである。日本では「尾角」と言う。


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左 :スズメガの成虫のフォルムはどれも、ジェット機をイメージさせる
右 :スズメガの幼虫はしっぽに特徴がある


 ぼくらが子どものころには、ドクロ面をつけた黄金バットの活躍する紙芝居があった。どこからともなく現れて、正義にアダなす者たちをやっつけてくれた。それで、スズメガの中にも黄金バットに似たマスクを持つものがいると知ったときには、うれしくて仕方がなかった。

 それがメンガタスズメだ。日本にはそのものズバリのメンガタスズメとクロメンガタスズメがいる。どちらも、ドクロを背負ったスズメガである。
 と、一応はそういうことになっているのだが、見方によってはちょっとなきべそをかいたようなサルの顔になる。そこがまた魅力でもある。


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左 :ドクロマークと見るか、泣きべそをかいた顔とみるか意見の分かれるところだ
右 :クロメンガタスズメ幼虫の尾角。こうしてみると怪獣の顔だ


 メンガタスズメは本来、南方系の蛾だ。しかし地球温暖化の影響もあってか、このごろは分布の北上が話題になる。そして正義の味方ではなく、トマトやナスなどの害虫として警戒されるところが、黄金バットとの大きなちがいだ。一部のコレクターを除き、歓迎されることのない悪役として存在する。
 その幼虫を見つけた。終齢に達した、10センチを超す巨大な芋虫だ。
 幼虫時代はともかく、成虫になったあかつきには背中に立派なドクロ顔が浮かび上がるのだから、人面蛾と呼ぶにふさわしい。カッコいい。そこで、数匹つかまえて自宅に持ち帰った。


 じっくり見ると、なかなか味がある。尾角にはやわらかなとげがあり、それがくるんと丸まる。得体の知れない怪獣にも見える。
 クロメンガタスズメの幼虫の体色には3種類あって、ぼくがゲットしたのは緑と茶だ。1か所で2色の幼虫が見つかったのだから喜ぶべきかもしれないが、図鑑で見る限り、より美しいのは黄色の幼虫である。この目でいつか、見てみたい。


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左 :クロメンガタスズメの幼虫。これは緑色バージョンだ
右 :クロメンガタスズメ幼虫の尾角。とげとげで丸まっている


 わが菜園のトマトの葉を与えたもののさほど食欲を示さず、ほどなくして土にもぐった。さなぎになるためであった。
 ところが不慣れな飼い主に世話されたせいで、翌年になっても羽化しない。土をほじくり返すと、バラバラになったさなぎが見つかった。成虫はチイチイ、シーシーと鳴く。その声を聞くことも楽しみにしていたのだが、叶わぬままになってしまった。アーメンと言っておこう。


 スズメガの幼虫には、目玉模様を持つものも少なくない。天敵である鳥を驚かせるためらしいが、鳥ならずとも、見ればきっと、びっくりする。
 コスズメと書くと子雀みたいでかわいい。だが、ここで取り上げるのは小型のスズメガだ。その幼虫の体には、まるで刻印されたように目玉模様が張りついている。


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左 :子雀ならぬ、コスズメの幼虫。スズメガの目玉模様は見る者を楽しませてくれる?
右 :かわいらしい? 行儀よく、あしをそろえたクロメンガタスズメの幼虫


 ドキッとしてグッと近づくと、なかなかに愛らしいキャラだ。子雀という文字を頭に浮かべると、さらに親しみを感じる。
 目玉芋虫のなかでも注目に値するのがセスジスズメであろう。このデザインを採用したことで虫の神さまの株が上がった。何しろ、圧倒的な存在感で見る者に迫る。目玉の配列は芸術的だ。そのうちこの芋虫を模したぬいぐるみでも登場するのではないかと、ひそかに思っている。

 エビガラスズメは「夕顔別当」の異名を持ち、かんぴょうの原料になるユウガオの畑に出没する。しかし害虫とは別の顔も併せ持ち、実験昆虫のひとつとして人間社会に貢献している。


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左 :セスジスズメの幼虫。いくつもの目玉模様は芸術的であり、どことなく愛きょうがある
右 :エビガラスズメの成虫。腹を見ると、エビを思わせる模様がある


 スズメガのくちは細いむちのようになっていて、「口吻」と呼ばれる。ふだんはチョウのようにくるくるとぜんまい状に巻いているが、蜜を吸う段になるとすっと伸ばし、花が奥に隠し持つ蜜をチューッと吸い取る。よくしたもので、それぞれのスズメガは、花のサイズに合わせた口吻を持つ。

 ビーグル号で探検の旅に出たダーウィンは、30センチほど奥まったところに蜜のあるランを見つけた。そして予言した。「この花の蜜を吸う昆虫がきっといる!」

 それからうんと時が過ぎ、ダーウィンの死後になんと、極端に長い口吻を持つスズメガが見つかった。キサントパンスズメだ。そこでこの蛾には、「あらかじめ予言された」という意味の言葉を持つ学名が付けられた。


 そして現代。ある日のわが家――。
「はいよ。アゲハチョウの幼虫!」
 知り合いの農家が芋虫を数匹プレゼントしてくれた。しかしそれはアゲハチョウではなく、南米に生息するハチドリと間違えられることもあるオオスカシバの幼虫たちであった。よく見れば、アゲハチョウにはない尾角があり、スズメガの仲間であることをほのめかす。


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左 :アゲハチョウの幼虫と間違えられて持ち込まれたオオスカシバの幼虫
右 :南米のハチドリにも似ているオオスカシバの成虫。口吻を伸ばして蜜を吸っている


 現代の農家は、両者を区別する能力さえも農薬に譲ったとみえる。ちいとばかしさびしい思いで逃がしてやった。きっと、どこぞのクチナシの葉を目指して旅に出たはずである。
 そのために丸坊主にされたクチナシがあるかもしれない。だったらそれは、ぼくのせいです。ごめんなさい。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。