提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


きょうも田畑でムシ話【1】

2013年04月10日

ミツバの森の猛獣――キアゲハ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 今回から、田畑の周辺で目にするムシたちのあれやこれやをつづらせていただくことになった。「虫」ではなく「ムシ」と書くのは、昆虫以外にも虫へんのつく漢字を使うカエル(蛙)やトカゲ(蜥蜴)、タニシ(田螺)なども取り上げていきたいからだ。
 害虫、益虫、どちらでもない虫。気がつけば、まわりはいつもムシだらけ。そんな中で農作業にはげむ農家のみなさんにエールを送りつつ、ムシ話にお付き合いいただければと思っている。


 で、記念すべき第1回。はてさて、何が良いものか――。
 ちいとばかし考えた末、キアゲハを選んでみた。
 昆虫に少しでも興味のある方は、日本の国蝶が何であるかをご存じだろう。


 答えを言ってしまえば、オオムラサキである。1957年、日本昆虫学会の総会で、アゲハチョウやギフチョウなどを押しのけて、国を代表する蝶に選定された。美しさ、力強さにおいては文句のつけようがない。
(右 :「国蝶」のオオムラサキを見る機会はうんと少なくなった)


 しかし、である。いま再び投票することになれば、より身近な蝶であるアゲハチョウに軍配が上がるのではないか。オオムラサキはいまや、保護される対象になった希少種であるからだ。


 「そりゃあ、そうだべ。アゲハチョウなら、ミカンの木にどんだけでもおるわい」

 たしかに。それはナミアゲハとも呼ばれる、まさに「並み」のアゲハチョウだ。幼虫は新幹線の車両を思わせ、「これはワシの食事であるぞ。口を出すでない、手を出すでない」という雰囲気で毅然としてミカンの葉に張り付き、たまにニンゲンあらば、頭の先っぽから、にゅいっとばかりに角を出し、何年も履き続けた靴下のような臭気をまき散らす。そうなったら、いかに巨大なニンゲンさまも、「へへーっ」と頭を低くして、その場を離れるしかないのである。ナミアゲハは、それほどに強い。
(左 :怒って臭角を出したナミアゲハの幼虫)


 ところが同じアゲハチョウ科に属し、外見もさほど変わらぬというのに、キアゲハはまた別の個性の持ち主である。(右 :わが家の庭で羽化したばかりのキアゲハ)

 その最大の違いは、えさになる植物だ。ナミアゲハがミカンやサンショウ、ユズなど、かんきつ類の葉を食べて果樹農家の敵になるのに対し、キアゲハはもっと多数派である、野菜農家や家庭菜園家の目の前に堂々と姿を見せる。あるときはニンジンであり、またあるときはミツバ、パセリ、フェンネル......とセリ科作物を選んでお立ち寄りくださる。いやはや、ありがたい蝶である。

 ――と感謝する声は、まず聞かない。いくらか感激するのは、わが家ぐらいのものであろう。農家の方々のご苦労を思うと大きな声で言えないが、ムシさまに一目置くわが家では、なけなしの野菜の一部を献上することにいくばくかのヨロコビを感じ、その代わりにジロジロ観察することをお許しいただいている。


 ナミアゲハとの違いはまだある。幼虫のデザインだ。成虫になったあかつきには、ほとんど変わりがないのに、イモムシ時代はまったくの別物にさえ見える。成長段階によって多少の差はあるものの、十分に育てば黄みどりと黒、オレンジ色のなかなかに優れた配色で見る者を楽しませてくれる。
(左 :キアゲハの幼虫。色の配色は素晴らしいと思うのだが......)


 わが家では毎年、こぼれ種から芽吹くミツバが庭のあちこちで葉を広げる。フェンネルも冬の寒さにも負けずに生え続け、この時期ともなれば青々としたホウキのような葉をわさわさ茂らせている。

 そこへ、キアゲハが卵を産みつけ、しかるのち、幼虫がまさにウジャウジャ状態で現れる。ミツバが密林のごとく地面を覆い、そのジャングルをキアゲハの幼虫がナニ恐れることもなく前進し、飽くなき食欲をみせつける。(右 :キアゲハだって、何か気に入らないことがあれば臭角を出す)


 見ようによっては、密林のトラのごとき存在である。アイヌの人たちは、この異形のモノを異様に怖れ、どんな魔物も負かすと信じるヨモギのむちで、幼虫の背中をたたくという。

 わが家でそんなことをする者はなく、ホトケのような顔をして、「食べたいだけお食べなされ」と許し与え、自由に行動させる。それなのに、ああそれなのに、と思わず歌わねばならぬようなひどい仕打ちをば、彼らはするのだ。食べるだけ食べてミツバを丸坊主にしたあとは蛹になるため、「ほな、さいなら」とばかりに、どこぞへとお隠れになる。


 そんなことを毎年、性懲りもなく繰り返している。さすがに堪忍袋の緒が切れて、大枚100円をはたいて買った水槽に閉じ込めることもあるが、蛹の時代を経て、あでやかな蝶に変身したところを目にすれば、「スマヌ、スマヌ、セマイトコロニ、トジコメテ」と心から反省するのである。
(左 :さんざんミツバの葉を食べたあとで蛹になったキアゲハ)

 だからことしも、わが家でまともに食卓に上るミツバは望めない。青空に舞うキアゲハを見上げて、腹ならぬココロを満たすのみである。


たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。