提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


農作業事故の防ぎ方と労災補償【3】

2011年03月24日

農作業事故の防ぎ方(2)

    三廻部 眞己


事故寸前のヒヤリ・ハット報告活動

 農作業中にヒヤリ・ハットした体験は、誰にもあるでしょう。アメリカの保険学者ハインリッヒは、無傷害のヒヤリ・ハット体験を放置すれば、いつかはそれが原因で大事故が生じるという「1対29対300の法則」を提唱しました。1件の大事故の背景には29件の中事故があり、さらにその背後には300件もの傷害に至らなかったヒヤリ・ハット体験があるというものです。


 平成20年の農作業事故死は374件(※1)でしたが、死亡に至らなかった負傷事故の発生件数は、計り知れないほど多いわけです。死亡事故の調査結果をまとめ、対策を提案するまでには大変な労力と時間、経費がかかります。しかも、事故死の経緯を調べることは不可能です。

※1 第1回コラム「農作業事故死は、なぜ、どうして起きるのか」 表1「農作業中の死亡事故発生状況」参照


表2 ヒヤリ・ハットが労働災害となった場合の危険性

資料 :日本農村医学会雑誌1992年・第41巻第2号 三廻部眞己


 それに比べ、ヒヤリ・ハット調査は、生きている体験者から、事故の恐ろしさ、どうしたら防げるか等について、実際に事故を防ぐ効果的な教訓が引き出せます。建設業をはじめ、他産業や医療、鉄道、航空業界では、ヒヤリ・ハット報告またはインシデントレポート等と呼ばれ、事故防止の最有力な手段として普及しているのが実状です。その効果は 第1回コラム の図1のとおり、実証的に表れています。


 “あなたの一言が仲間の命を守る”。“安全はチームワークの積み重ね”等とヒヤリ・ハットの標語募集を行って、危機感を共有する仲間づくりにも活用している業界も多くなってきました。
 事故発生率が高い農林業こそ、ヒヤリ・ハット活動を組織的に展開し、その結果を全農家にフィードバックすれば、事故は急速に減ることは確実です。


危険予知訓練の大切さ

 農作業の中にどんな危険が潜んでいるかを探し出す危険予知訓練(KYT:K=キケン、ヨチ=Y、トレーニング=T)活動(※2)は、事故防止に大きな成果をあげています。この手法は、住友金属工業(株)が昭和49年に開発した事故防止技術だと言われています。他産業では多くの企業が、この事故防止手法を導入しています。


 農作業は1人作業が多いですが、「1人KYT」を必ず実施して下さい。翌日の農作業手順を前日から検討することが効果的です。また、パート等を雇用した場合には、必ず始業前にKYTを組み込んだミーティングを実施して下さい。「安全配慮義務」を尽くした証拠にもなりますから、どんな事柄を伝えたかをメモしておくことも重要です。裁判になれば、安全の作業指示に従わなかった有力な証拠となり、損害賠償対策に役立ちます。

 危険予知のやり方は、イラストを見て、表3のように4段階にわたって危険要因をしぼり出し、対策を決定します。数人でKYTをやれば危険予知能力が相互に開発されて、危険予知能力が高まります。


表3 危険予知訓練の順序

出典 :「農業の安全管理」三廻部眞己 農林統計協会 昭和57年


※2 危険予知訓練は、工事や製造などの作業に従事する作業者が、事故や災害を未然に防ぐことを目的に、作業に潜む危険を事前に予想し、指摘しあう訓練のことです。日常のミーティングや職場内研修によって、危険性の情報を共有することで、事前に予測できる災害の発生を認識し、未然に事故を防ぐ活動です。


農作業のリスクマネジメント

 労働災害を撲滅する手法の世界的な潮流は、企業が自主的に労働安全衛生マネジメントシステムを構築していく新時代になりました。
 農作業事故の防止方法においても、図7のよう実施していくことが必要です。安全活動が個人まかせになっている農業は時代遅れになっています。組織的な事故防止活動を展開しない限り事故は減少しません。



図7 集落営農組織の労働安全衛生マネジメントシステムの運営方法


 厚労省は平成18年3月、労働安全衛生規則第24条の2の規定によって、事業者が労働者の協力の下に自主的に労災防止をはかるよう、労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針を告示しました。

 この事故防止の手法は、危険予知能力を発揮するリスクアセスメント(危険の事前評価)を実施することです。
 具体的には、表4のとおり、農作業の種類ごとに実施します。その狙いは、①農作業の中に潜む危険有害性を洗い出し、特定する、②事故発生の大きさを評価、査定、③リスクの低減対策を決め実施する、④実施結果を評価してリスク水準を引き下げ、危険ゼロを目指し、必然的に事故ゼロにする、という事故防止の新しい手法です。(つづく)


表4 リスクアセスメント診断・リスク評価表

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みくるべ まさみ

昭和8年、神奈川県生まれ。東京農業大学客員教授・農学博士、労災予防研究所長、技術士(農業コンサルタント)、労働安全コンサルタント。主な著書に『農業労災の防ぎ方』『農業の安全管理』(ともに農林統計協会)、『解説農業労災と補償制度』(家の光協会)、『農業労災の予防と補償制度』(東京農大出版会)、『農業者の労災補償Q&A』(JA全中)など。学術論文なども多数発表。