提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


野菜・果樹

在来品種の紹介【バレイショ編】

2017年12月14日

在来品種が見直されています

 国産農産物の見直しは年々高まっています。
 そうした中で、各地に受け継がれている伝統野菜が、いま人気です。
 ここでは、在来品種として日本各地で栽培される「バレイショ」を取り上げ、それぞれ特徴ある由来や栽培方法、食べ方、産地の動向などを紹介します。

清内路黄いも


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清内路黄いも(長野県下伊那郡阿智村清内路)

●特徴と由来
 「清内路黄(せいないじき)いも」は、小玉の短楕円形をしており、大きさは1個40g前後と、一般のバレイショより小さく、収量が少ないです。肉色は黄色で、ほっこりした食感と甘味があり、肉質は固く煮崩れがしにくいです。詳しい来歴は不明ですが、戦前から栽培しており、現在では清内路や隣接する木曽地域の食文化に根付いています。
 清内路では集落付近に畑が少なく、夏場に養蚕・山畑作りを行うため、山腹に耕地と住居をつくり、そこで生活をしながら農作業をしていた(「出づくり」と呼ばれる)歴史があります。現在では「出づくり」の家に住むことは少なくなりましたが、変わらず「出づくり畑」で耕作している農家が多く、「清内路黄いも」も山中にある畑で作られています。

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下栗芋


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下栗芋(長野県飯田市上村下栗)

●由来と特徴
 下栗(しもぐり)芋はピンポン玉サイズの小ぶりなバレイショで、粘質でありながらでんぷん価が高く、締まった肉質と濃厚な味を併せ持っています。
 『日本のチロル』とも称される長野県飯田市上村下栗の標高1000m、最大傾斜38度の急峻な南向きの斜面で栽培されています。白イモと赤イモの2系統があり、主に栽培されるのは白イモですが、赤イモには冬を越すと甘みが増す特徴があります。休眠性が浅く、夏に収穫してすぐ植えなおすと、秋にもう一度収穫できることから、『二度芋』とも呼ばれています。
 平成19年には『信州の伝統野菜』に選定されました。書物に残っている限りでは70年、口伝では100年以上も昔から、下栗の地で栽培されています。また、現在日本で栽培されるバレイショは、明治以降アメリカ経由で伝来したものが主流ですが、DNA調査等の結果から、下栗芋はそれ以前の江戸時代に、オランダ人によって持ち込まれた品種がルーツであることが示唆されています。

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治助イモ


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治助イモ(東京都西多摩郡奥多摩町)

●由来と特徴
 治助(じすけ)イモは、100年以上前から東京都西多摩郡奥多摩町小河内(おごうち)地区を中心に栽培されてきました。その伝来は、隣の檜原村で栽培されている「オイネのつるイモ(オイネさんが山梨県都留(つる)市から嫁入りした時に持参したと伝わるバレイショ)」を治助さんが持ち帰ったことと伝えられ、これが名前の由来となっています。
 形状は、長径6cm、短径4cm、40~50g程度の小ぶりで、「男爵薯」に比べて芽数が多く、白皮・白肉です。遺伝学的には「アーリーローズ」と近縁で、「オイネのつるイモ」とは同じ遺伝子型であることから、異名同品種であると考察されています。

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ごうしゅいも


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ごうしゅいも(徳島県三好市東祖谷(ひがしいや)・西祖谷山村(にしいややまむら)地域)

●由来と特徴
 「ごうしゅいも」は、古くから徳島県剣山周辺の山間部に伝わるバレイショの一種で、昔、都を追われてこの地方に落ちのびた平家の一族が伝えたのが始まりと言われており、源氏に見立てた白系と平家に見立てた赤系のイモがあります。
 比較的冷涼な気候の中山間傾斜畑で栽培されているため、イモの大きさは一般のバレイショに比べて小ぶり(卵大程度)で、素朴で引き締まった舌ざわりと、他品種と比べて淡白ながらも独特の甘みがあります。煮込むほど固く締まり、煮くずれしないのが最大の特徴です。

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落合いも


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落合いも(山梨県北都留郡丹波山村)

●由来と特徴
 東京都の奥多摩に隣接し、多摩川の上流水源域の丹波山村では、「落合いも」と「つやいも」の2種類の在来バレイショが栽培されています。
 中でも「落合いも」の栽培は古く、隣接する山梨県塩山市(現在の甲州市)落合地区から丹波山村杉奈久保地区に導入されたと伝えられています。
 山梨県には、かつて清太夫(せいだゆう)薯と呼ばれた薯があり、高野長英の「救荒二物考」によると、この薯は「甲斐国に於て明和年間(1770年ごろ)、代官中井清太夫の奨励によりて早く該地に繁殖し、今に至るまで清太夫薯の名にあり...」と記され、甲斐国は救荒作物としてのバレイショの導入先進地であったことが伝えられています。

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中津川いも


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中津川いも(埼玉県秩父市大滝地区)

●由来と特徴
 「中津川いも」は、埼玉県秩父市大滝地区を中心に栽培される、小ぶりなバレイショです。皮は薄く淡い桃色で、芽は赤く、花は薄紫、大きさはメークインの4分の1程度で、やや細長い形状をしています。肉質に粘りがあり身は締まっており、貯蔵性はよいですが、そうか病に弱く、収量は50kg/a程度です。
 秩父地域には、他にも皮が赤紫色の「紫いも」と呼ばれる別品種があり、これも「中津川いも」と呼ばれることがあります。保坂和良博士(現帯広畜産大学)が「中津川いも」と「紫いも」のDNAを分析した際、「中津川いも」は普通バレイショと同じ葉緑体DNA(T型)を持つことから、明治以降に導入されたものだろうと推定されています。
 来歴は定かでなく、雁坂峠を越え、山梨県から武田信玄の落人が入れた説や、日露戦争で捕虜となった大滝村(現秩父市大滝)出身の兵士が背のうの下に隠して持ち帰り中津川地区で栽培したのが始まりとの説などがあります。

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