提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


品種

新しい技術「DNAマーカー選抜」から生まれた品種

2008年3月16日

(2014年6月 一部改訂) 

DNAマーカー選抜とは

●水稲の品種間には、DNAの塩基配列に少しずつ違いがありますが、この違いを目印(マーカー)にすると、良食味性などの有用形質を間接的に選抜することができます。
●DNAマーカー選抜とは、このDNAの塩基配列の違いを目印として、目的とする優良個体を間接的に選抜する方法のことです。
●間接選抜という点では、ふ先色の有無を利用して糯粳(もちうるち)を判別することと、原理的には同じです。
●DNAマーカー選抜は、ものさしや秤などで直接計測して選抜するかわりに、DNAの違いを利用して選抜する方法のことであり、遺伝子組換えの技術ではありません。

DNAマーカー選抜の意義

●今までの育種法にDNAマーカー選抜を組み合わせることで、既存の大物品種(「コシヒカリ」など)の欠点(いもち病に弱い、倒伏に弱いなど)だけを、ピンポイント的に改良した品種を育成しやすくなります。
●交配による目的遺伝子の集積を、効率的に行うことができます。
●たとえば、今までの育種法で病気に強く食味のよい品種を育成するには、耐病性の検定や食味試験など、手間ひまをかけた選抜が必要でしたが、DNAマーカーを利用すると、幼苗時に葉からDNAを抽出するだけで、選抜ができます(図1)


図1 DNAマーカー選抜を利用した遺伝子集積

●DNAマーカー選抜では、今までの選抜法では非常に困難だった、目的遺伝子と連鎖している望ましくない遺伝子を取り除き、目的遺伝子だけを効率的に取り込むことができるので、品種として完成度の高いものを育成することができます。

DNAマーカーを利用して育成された主な品種

●12本の染色体上に詳細にマッピングされている、「いもち病」「縞葉枯病」「トビイロウンカ抵抗性」「出穂性」「稈長」「食味」「耐冷性」などの農業上の主要形質遺伝子座の情報をもとに、新品種の育成が進められています(図2)


図2 イネの主要な形質遺伝子のゲノム上の位置

【出穂期を改変した品種】
「コシヒカリ関東HD1号」(作物研究所育成)(写真1)
●「コシヒカリ」の遺伝的背景に、インド型品種「Kasalath」の早生化遺伝子(Hd1)を導入した、極早生の「コシヒカリ」です。
●育成地での出穂期は、「コシヒカリ」より12日早くなります。
●出穂期以外は、遺伝的に「コシヒカリ」とほぼ同じですが、早生化の影響で、「コシヒカリ」よりも、耐冷性と食味がやや劣ります。


写真1 左 :「コシヒカリ関東HD1号」 / 右 :「コシヒカリ」

「関東HD2号」(作物研究所育成)(写真2)
●「コシヒカリ」の遺伝的背景に、インド型品種「Kasalath」の晩生化遺伝子(Hd5)を導入した、中生の「コシヒカリ」です。
●育成地での出穂期は、「コシヒカリ」より10日遅くなります。
●出穂期以外は、遺伝的に「コシヒカリ」とほぼ同じ品種です。


写真2 左から「日本晴」、「関東HD2号」、「コシヒカリ」

「ミルキーサマー」(作物研究所育成)(写真3)
●「コシヒカリ」の低アミロース性の突然変異品種「ミルキークイーン」に、早生化遺伝子(Hd1)を導入した、温暖地では極早生の「ミルキークイーン」です。
●育成地での出穂期は、「ミルキークイーン」より13日早くなります。
●沖縄県では、日長反応性の違いから、「ミルキークイーン」よりも晩生になります。沖縄県で奨励品種に採用されています。


写真3 左から「ミルキークイーン」、「ミルキーサマー」、「あきたこまち」

【耐病虫性を改良した品種】
「関東BPH1号」(作物研究所育成)(写真4、5)
●「ヒノヒカリ」の遺伝的背景に、トビイロウンカ抵抗性遺伝子(bph11)を野生稲から導入した、トビイロウンカ抵抗性の「ヒノヒカリ」です。
●出穂期や食味、収量性は、「ヒノヒカリ」とほぼ同じです。
 
  
写真4 左から「関東BPH1号」、「ヒノヒカリ」


写真5 トビイロウンカ無防除栽培試験
「ヒノヒカリ」はトビイロウンカのため枯死したが、「関東BPH1号」(○印の部分)は抵抗性を示すため生育を続けた
(佐賀県農業試験研究センター広田氏提供)


「ともほなみ」(愛知県農業総合試験場、農業生物資源研究所、作物研究所 共同育成)(写真6)
●陸稲品種「戦捷」のいもち病圃場抵抗性遺伝子(pi21)を、「コシヒカリ」に導入した品種です。
●「コシヒカリ」並みの良食味性を示します。 
●陸稲由来のいもち病抵抗性と、良食味性の結合に成功した画期的な品種で、2009年農林水産研究成果10大トピックスの第1位に選ばれました。


写真6 「コシヒカリ」と「ともほなみ」のいもち病発病程度
「ともほなみ」は、いもち病激発環境下でも十分な抵抗性を発揮する(愛知県農業総合試験場山間農業研究所)


「コシヒカリ近中四SBL1号」(近畿中国四国農業研究センター育成)(写真7)
●陸稲から、2つの縞葉枯病抵抗性抵抗性遺伝子(Stva, Stvb)といもち病圃場抵抗性遺伝子(Pi34)を「コシヒカリ」に導入した品種です。
●出穂期や食味などの形質は、「コシヒカリ」とほぼ同じです。

「コシヒカリ愛知SBL」(愛知県農業総合試験場育成)(写真7)
●縞葉枯病抵抗性と、穂いもち抵抗性を「コシヒカリ」に導入した品種です。
●出穂期や食味などの形質は、「コシヒカリ」とほぼ同じです。

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写真7 縞葉枯病の幼苗性検定
罹病性の「コシヒカリ」(左)は、「ゆうれい症状」を発症するなど生育が抑制されているのに対し、抵抗性の「コシヒカリ近中四SBL1号」(中)と「コシヒカリ愛知SBL」(右)は正常に生育している(提供:近畿中国四国農業研究センター)


「コシヒカリ関東BL1号」(作物研究所育成)
●外国稲のいもち病真性抵抗性抵抗性遺伝子(Pi9)を「コシヒカリ」に導入した品種です。
●出穂期や食味などの形質は、「コシヒカリ」とほぼ同じです。
●「コシヒカリ」のマルチラインを構成する品種の一つとして利用できます。

「ヒノヒカリ関東BL1号」(作物研究所育成)
●いもち病真性抵抗性遺伝子(Pita)を「ヒノヒカリ」に導入した品種です。
●出穂期や食味などの形質は、「ヒノヒカリ」とほぼ同じです。

「ヒノヒカリ関東BL2号」(作物研究所育成)
●外国稲のいもち病抵真性抗性遺伝子(Pik-m)を「ヒノヒカリ」に導入した品種です。
●出穂期や食味などの形質は、「ヒノヒカリ」とほぼ同じです。

「はるもに」(九州沖縄農業研究センター育成)
●トビイロウンカ抵抗性遺伝子(bph11)、縞葉枯病抵抗性遺伝子(Stvb-i)、穂いもち抵抗性遺伝子(Pb1)を集積した品種です。
●九州地域での栽培に適した良食味品種です。
●特別栽培米の生産に取り組んでいる地域での普及が期待されます。

「たちはるか」(九州沖縄農業研究センター育成)
●いもち病圃場抵抗性遺伝子(Pi39)、縞葉枯病抵抗性遺伝子(Stvb-i)、穂いもち圃場抵抗性遺伝子(Pb1)を集積した品種です。
●九州地域での栽培に適しています。
●耐倒伏性に優れるなど直播適性も有しています。
●低コスト生産向きの特性を活かして、業務用・加工米用としての利用が期待されます。

【食味を改良した品種】
「ゆきがすみ」(北海道農業研究センター育成)
●「北海287号」の低アミロース性遺伝子(Wx1-1)の導入にDNAマーカー選抜を利用した北海道向けの良食味品種です。
●耐冷性にも優れた品種です。

「ゆきさやか」(北海道農業研究センター育成)
●「北海PL9」の低アミロース性遺伝子(qAC9.3)の導入にDNAマーカー選抜を利用した北海道向けの良食味品種です。
●タンパク質含有率も低くなっています。
●気温によるアミロース含有率の変動が比較的少なく、気象条件にかかわらず食味が安定しています。

【草丈を短くした品種】
「コシヒカリつくばSD1号」(株式会社 植物ゲノムセンター育成)
●「コシヒカリ」の遺伝的背景に、稈長を短くする遺伝子(sd1)をインド型品種「IR24」より導入した、短稈の「コシヒカリ」です。
●稈長が「コシヒカリ」よりも約15cm短く、耐倒伏性に優れています。
●出穂期や食味などは、「コシヒカリ」とほぼ同じです。

DNAマーカー選抜を利用して現在育成中の有望系統

●いもち病圃場抵抗性に関して、陸稲由来の抵抗性遺伝子(qBFR4-1)を「コシヒカリ」に導入した「ひたちIL1号」(茨城県農業総合センター)、抵抗性遺伝子(Pi39)を「にこまる」に導入した「西海IL5号」(九州沖縄農業研究センター)。
●トビイロウンカ抵抗性に関して、野生稲由来の抵抗性遺伝子(Qbp4)を「にこまる」に導入した「関東IL14号」、抵抗性遺伝子(Qbp4及びbph11)を導入した「関東IL15号」、抵抗性遺伝子(bhh11)を導入した「関東IL16号」(作物研究所)。
●ツマグロヨコバイ抵抗性に関して、抵抗性遺伝子(Grh7)を「コシヒカリ」に導入した「関東IL13号」(作物研究所)、抵抗性遺伝子(Grh3)を「にこまる」に導入した「西海IL6号」(九州沖縄農業研究センター)。
●耐冷性に関して、「北海287号」に耐冷性遺伝子(Ctb1Ctb2)を導入した「北海IL1号」、「北海287号」に耐冷性遺伝子(qCTB8)を導入した「北海IL2号」、「ほしのゆめ」に耐冷性遺伝子(Ctb1Ctb2qCTB8)を導入した北海「IL3号」、「ほしのゆめ」に耐冷性遺伝子(Ctb1Ctb2qCTB8qFLT6)を導入した「北海IL4号」(北海道農業研究センター)。

DNAマーカーを利用した育種法の展望と問題点

●耐病性や耐虫性などの遺伝子を集積(ピラミディング)した品種を、育成しやすくなります。
●耐病虫性の集積に加えて、早生、晩生などの出穂特性、耐冷性や食味特性などを組み合わせた品種を育成しやすくなると期待されます。
●さまざまな栽培条件や、生産者・消費者のニーズにあわせてデザインした設計図をもとに、いくつものパーツを組み合わせるように、品種を育成できるようになることが期待されます。
●一方、籾数や光合成能などの、複数の形質がネットワーク状に作用して成立する収量性のような複雑な形質では、ゲノムの特定部分だけに注目して操作するDNAマーカー選抜では、改良に限界があると考えられます。
●ゲノム全体に注目して選抜を行っていくホールゲノム選抜は、複雑な形質の改良に対応する有力な方法と考えられ、今後の実証が待たれています。

執筆者 
石井卓朗
農研機構 作物研究所 稲研究領域

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